第211話 第9階層へ
クラウディは正直、アイラが手を引いてくれたおかげで遅れずについて行くことができた。
やがて頭痛も治まり普通に歩けるようになるとカイザックと再び位置を変え、少女が先頭を歩いた。
そしてまた別の広い空間の分岐点に出るが、そこにはオーガが2体暗がりに佇んでいた。
「おいオーガが────」
「しっ!」
ティリオが警告の声を上げるが少女は人差し指を立て、もう見えていると黙らせる。
オーガは先程のブラックキャットに比べて察知能力は低い。クラウディはアイラとカイザックを手招きし、作戦を伝えた。
いつかのフィル村と同様の作戦だ。2人は頷きそれぞれ配置についた。
クラウディはミラージュクロスをインベントリから取り出すと羽織って姿を消した。それを見たティリオが驚きに息を飲んだ。
少女はさらに気配も消しゆっくりと近づいた。近づきすぎると流石に匂いでバレるので2歩手前のところまで近づく。
戦闘を開始する前に2体のオーガが何をしているのか気になって見ると何やら黒い塊を齧っていた。生き物なのか飛び出た細い骨が見える。オーガはそんなことは気にせずにボリボリと咀嚼しているが。
────デカいな
改めて観察すると赤黒い肌に筋骨隆々な身体。座っているがそれでも少女より大きかった。口端には長い牙を持ち頭には毛はない。
武器は2匹とも大きな剣であるが、今は手放しているので絶好のチャンスだ。ただそれぞれの距離が離れているので速攻では倒せないだろう。もう片方はあとの2人を信じるしかない。
クラウディは剣の柄を握り、ミラージュクロスを素早くめくった。
その瞬間に2歩踏み出し、敵が存在に気づいた瞬間に剣を鞘から引き抜き眼球に突き刺した。腕に渾身の力を込めて押し込み捻り上げる。
敵は手を上げて刀身を掴んでいたがピタリと止まり痙攣したかと思えば動かなくなった。そのまま手前に倒れてくるので少女は慌てて剣を引き抜き飛び退いた。
もう1匹はどうなったかと周囲を見渡すと既にアイラが倒したようで仰向けの死体の上に立っていた。目に矢が刺さり頭が半分に割れドクドクと血が流れている。
────さすが
クラウディが近くへ行くと彼女は飛び降りた。
「やっぱりいいなその布……私も欲しい」
少女が手に持つ布を見つめて呟いた。ミラージュクロスは迷彩になっている部分と元々のテラテラした部分が見え隠れしている。
「貸すなよ?何に使うかわからないぞ」
カイザックが弓を仕舞いながらそばに来た。ティリオもその後ろに居り、オーガを見ると眉間に皺を寄せ口角を下げた。
「は?私が何に使うってんだよ、あ?」
アイラが言われて口を尖らせカイザックに詰め寄った。
「酒、金を盗んだり、悪さして見つかったら被って逃げるぞこいつ」
「……言うな。教えたらやるかもしれないだろ」
「あ!クローまで酷ぇな!」
それは失言だったとカイザックは口元を隠した。言い合いを始める2人を尻目に少女は迷彩布を仕舞うとオーガの死体を見ているティリオに目をやった。
「オーガは何か────」
「うわっ、急に話しかけるなよ!ビックリするだろ」
話しかけるとビクリと身体が跳ねるリーグット。手にはオーガの牙を持っている。
「オーガは使える素材はあるのか?」
「ん、あ、ああ……基本的には牙とか持ってる武器。あとはたまに首飾りとかくらい。今回は無いから牙だけ。武器も欲しかったら持って行ったら良い。かさばるから俺はいらないけど」
チラリとオーガの転がった剣を見る少女。確かに大きいのでインベントリに入れるのに容量を取る。相当の値打ちがあるなら持って帰るがそうで無いなら置いて行くべきだろう。
ティリオがもう一体のオーガから牙を剥ぎ取ると一行は再び出発した。
「お前、ミラージュクロスまで持ってるなんて何者だよ……」
少し歩いた後ティリオが口を開いた。
「ん?そんなに珍しいのか?」
「当たり前だろ?!ミラージュドッグは死の森にしかいないし!買おうと思っても高すぎて買えねーよ。お前間違っても外の奴らに見せびらかしたりすんなよ!」
「り、了解した」
『アストロ』の世界のことに疎い少女はミラージュクロスがそんなに貴重なものとは思っておらず、持たせてくれたフロレンスに再び感謝した。
「…………まあわかったならいいや、それよりもう少しで9階層の通路に着くぞ。セーフポイントに寄ってくか?」
「寄っていこう」
さらに10分ほど歩くと下層へ続く急勾配な下り坂が現れた。細い水が下り坂の真ん中を流れている。
クラウディたちは濡れた地面に足を取られないよう端の壁に手をつきながら降りて行った。先頭はティリオが歩き、足元を見ながら進んでいく。
と、彼は急にバランスを崩して尻餅をついた。ランタンが手から離れゴロゴロと下り坂を転がって行く。
「痛っ、あ!やべ!」
慌てて追いかけようとするがクラウディが足元が危ないからと肩を掴んで引き留めた。それにもう間に合わないだろう。
ランタンは辺りを照らしながら転がっていき、やがて崖になっている場所から飛び出して落ちて行った。
光を失って一気に辺りが見えなくなる。
「…………」
「…………」
「……予備あるか?」
「……うん、ある。ごめん転けた」
ゴソゴソと漁る音がしてティリオが予備のランタンを取り出し辺りを明るくする。
「ティリオちゃん頼むぜー?」
「まあ最悪カイザックが持ってるから気にするな」
「アイラは散れ!クローはサンキューな」
「扱い酷くねーか?」
ティリオが先程転けたのは急に支えの壁がなくなったからだった。転けた場所はセーフポイントの横道の入り口となっていた。
横道を10mほど進むと扉はないが球状の広い空間に出た。直径5mくらいでかなり広い。
一行は入ったはいいが湿気が多く地面が濡れているので座って休むのは少し気が引けた。アイラは気にせずに胡座をかいて座って楽にしたが。
「みんな休まねーの?」
「尻が濡れるじゃん、嫌だろ普通」
首を傾げるアイラにティリオは眉間に皺を寄せた。
「冒険って汚れるもんなんだよティリオちゃん。な、クロー?」
「俺も汚れるのは嫌だな」
冒険とは汚れるもの。これまでもたくさん汚れてきてアイラの言う通りとは思うが、だからといって汚れたいわけではない。
今いる空間でそのまま地面に座ればショーツまで冷たい水が貫通するだろう。
ティリオは小柄なので荷物を置くとその上に座った。カイザックは壁に寄りかかって休んでいた。
「…………カイザック。背中冷たくないか?」
「はは……手遅れだ」
彼はそう言って目を伏せて微笑んだ。どうやら彼の背中はビシャビシャになっているのだろう。
少女はどうしようもないので地面に尻がつかないようしゃがんだ。
「あんだよ、それじゃ休まらなくね?なんなら来いよほら」
「いや遠慮しとく」
アイラが自分の太ももを叩いて腕を広げるが、少女は手を上げて断った。彼女が残念そうに項垂れる。そんな恥ずかしい真似みんなの前で出来るわけがない。
その後は各々水分を摂った。それから9階層についてルート確認などしたり30分ほど休むとセーフポイントを出た。
先程の下り坂を降りて行くと更に広がった洞窟へと出る。ゆうに幅は10m、高さ5mはあろうかという広さだ。
湿気はなくなり地面も乾いている。
────第9階層……もうひとつで10階層だな




