第210話 第8階層②
一行はティリオの疲労も考え少し休憩をとってから進み出した。
ランタンがチカチカと明滅し、ティリオが燃料を交換すると再びクラウディに手渡す。
「……さっき回収屋と何を話していたんだ?」
回収屋と視線も合い、気になった少女が尋ねる。
「さっきの?ああ、なんか『無職』がいると大変だろうってさ。酷えーよな、そんな奴いないのに。言い合いたく無いから適当に受け答えしたけど」
それを聞いてギクリと少女は立ち止まった。『回収屋』には職業が分かるスキルでもあるのだろうか。死体を回収することにおいて本当に本人か確認する必要もあるかも知れない。
判別するスキルがあってもおかしくはない。それで視線を感じたのだろうか。こんなところに何故『無職』がいるのかと。
「どうしたんだ?まさかまたモンスター?!」
「あ、いやモンスターはいない」
ティリオが不安がりクラウディの足元に来る。
────伝えておいた方が良いだろうか?
他の2人は少女が『無職』というのを知っているが足元のリーグットは知らない。騙していたつもりではなかったが、足を引っ張っているわけでもないのでわざわざ言うものでもないかとも思っていた。
しかし今はなんとなく言っておいた方が良い気がした。
「なんだよ、じゃあ進めよ」
「あ……あぁ…………さっきの回収屋が言ったのは多分俺のことだ」
「は?」
「俺には職業がない。俗にいう『無職』だ」
それを聞いてピタリと動きを止めるティリオ。ポカンと口を開けている。やがて眼を大きく見開いた。
「は、はぁー?!嘘だろ?!いやいやないない!強いじゃんお前!『無職』なんて騙そうとすんじゃねーよ!なぁ?!」
そう言って後ろの2人を振り返るティリオ。
「「…………」」
会話の内容から察したあとの2人は顔を見合わせ何も言わなかった。
その反応に顔が青くなるポーター。
「は、は?『無職』?嘘だろ?こんな下層に……じ、自殺行為にも程が……」
気が動転しているティリオは頭を抱えた。やはり言うべきではなかっただろうかとクラウディは頭をかいた。
他の2人のこれまでの反応が薄かったので大丈夫かと思ったが、やはり『無職』というのは相当なハンデを抱えることになるのだろう。
唸るティリオを見てどうしようかと考えているとアイラがため息をついて彼の頭に手を置いた。
「安心しろってコイツは強いから」
「でも『無職』だろ?!普通じゃねーよお前ら、知ってて一緒にいるなんて」
「強いんだから関係ねーだろ?それとも何か?『無職』に何度も助けられた私らはそれ以下とでも言いてえのか?」
「っ…………そうは言えない、けど」
「じゃあ良いじゃん。大丈夫大丈夫マジでつえーからコイツ。スキルなんてあったら反則になるぜほんと」
「……う、うん」
────そんな助けたか?
思い返してもそこまで多くはない。アイラはポンポンとティリオの頭を撫でるとクラウディにウィンクした。
────なるほど
嘘も方便というやつだろう。その結果貴重なガイドポーターは落ち着きを取り戻したようだ。
アイラに背中を押され、ティリオもクラウディに先を進むよう促した。
再び進み出す一行。
やがて三方向の分岐点に出くわす。正面に直進する道、少し坂を上がって右へ行く道。逆に下り坂な左の洞窟だ。
「分岐点だ。どこに入れば良い?」
クラウディはランタンをティリオに近づけた。彼は地図を取り出し現在地を示した。先程まで確認してなかったのにすぐに示すことができるのは流石である。
地図の分岐点の先を辿ろうとするがごちゃごちゃしてやはり読み取りづらい。
やがて彼は左から順番に指差し説明を始めた。
「左が1番近いルートだけど敵に遭遇する確率が高い。右は1番遠いけど左よりは安全。真ん中行き止まり────どうする?」
「……左と右はどのくらい距離が違うんだ?」
「倍くらい」
「なら左だ」
クラウディは出来るだけ急ぎたいため進路を左の下り坂に取る。
濡れている地面に足を取られないよう進んでいく。
「…………さっきは悪かった」
側に来たと思えば唐突にティリオが謝る。
「別に……俺も黙ってたからな」
────忘れてた、のほうが正しいか……
クラウディは割と予想通りの反応だったので特に気にしてはいなかった。むしろ当然の反応であり、ティリオがまともな人間で良かったと思ってもいたのだ。
それに『無職』というのはやはり黙っていた方が良いと再認識もできた。
「アイラの言ってた通り強いなら関係ないよな。スキルもないのによくやるよ」
「……そうか」
「あ、詫びといったらあれだけど────」
彼は顔を明るくし歩きながらインベントリを漁った。そして布に包まった手のひら大のものを取り出す。
「なんだそれ?」
「ブラックキャットのタン。表面を削って炙ると美味いんだぜ?珍味ってやつだな。やるよ」
────やっぱりまともじゃないかもな
少女はあの凶暴な猫の舌を食べようとは考えもしなかった。それに元男の時のネコには思うことがあり、頭痛と共に元の世界のとある日の記憶が一瞬蘇る。
丸くて大きな猫のフェイスマスクを被ったふざけた男だ。性格の悪さがあり、タバコをよく吸っていた。
元男はとあるアパートの玄関を掃除しており、そのネコの男はそれに気づくと目の前にタバコを落とすのだ。
『あ、ごっめーん。僕としたことがタバコ落としちゃった☆───────────きちんと拾えよ?』
『……お前印象最悪だぞ?』
「どうかしたのか?いらないのか?」
クラウディは話しかけられてハッと我に返った。頭がズキズキとし思わず抑える。
────嫌なこと思い出したな……
元男の少女は差し出された包みを押し退け断った。
「そっか仕方ないな、詫びはまた何かさせてくれな」
「いや、別に気にしてないが……」
ティリオは残念そうにしながら包みをしまった。クラウディは足元がふらつくのでカイザックに先頭を交代してもらい位置を変わった。
彼は何か訝しんでいたが拒否はせず応えてくれた。チェスをやり始めてから割と機嫌が良い気がする。
「ん、どったの?大丈夫か?」
アイラがふらつく少女の足取りを見て顔を覗き込んだ。
「大丈夫、気にするな」
「…………」
アイラは少し見つめた後、不意に少女の手を引いた。
「お、おいっ」
「いいじゃんいいじゃん!」
クラウディは手を握られ力強い腕に支えられるよう女戦士の後ろを歩いて行った。




