第207話 7.5階層での休息②
1時間経ち、少女は水浴びをした後アイラの部屋へと向かった。ちなみに向かって2番目の部屋がティリオ、3番目の部屋がアイラ、1番奥の部屋がカイザックである。
ドアをノックすると────おう────と返事があり中に入った。
ランタンの明かりに照らされ、アイラがベッドから起き上がりベッドサイドに座るところだった。
「用事って何だ?」
「ああ、悪ぃな……て、こっち座れよ」
彼女は少女がドア前に立ったままなのを見て自分の横を叩いた。
クラウディはアイラの横に行きベッドに座った。
「今日は見張りはどうすんの?」
「……スライムは、マナを使いたいからな……カイザック次第だな」
「その、『プリムスライム』?ってのは本物と偽物どうやって見分けるんだ?」
「あー……なぜそんなことを聞く?」
────考えたことなかったな……
「いやほら、この前みたいに騒ぎたくないからさ」
スライムに見張りをさせ、終わったら少女が戻しているので特に見分ける方法など考えたことなかった。
そもそもマナも無駄にできないので施行回数が少ないのだ。まだわからないことが多い。
ただ仲間から見れば確かに紛らわしいかもしれない。見分ける方法としては服でも何でも本体から離せば、離された部分はスライムに戻るのでそれで見分けはつくだろう。
その旨を取り敢えず伝えてみる。
「じゃあ仮面とか取れば良いってこと?ぶっ殺されたりしねーか?」
「ぶっ殺……いや仲間には危害は加えないよう命令しとくから」
「頼むぜ…………」
「…………ん?用事は以上か?」
一瞬沈黙が降りて少女は首を傾げた。
「まあそうだな、あ、今日一緒に寝ようぜ!」
アイラが屈託なく笑う。しかしこのあとはカイザックとチェスをするので断った。
「えー?いいじゃねーかなんか用事あんの?終わった後でもいいからさ」
「カイザックとゲームをするからな。遅くなるし……どうせ寝てるだろお前」
「くっそぉ、あのクソ男……じゃあ私が寝るまででいいからさぁ」
食い下がるアイラ。口を尖らせており、不機嫌になりそうだ。もし断れば何か変な要求でもしかねない。
そうなるとまた面倒である。クラウディはため息をついた。
「1時間だけな……今日だけだぞ」
「やたー!早く早く!仮面は取れよ!」
アイラは顔を輝かせてベッドの奥の方へ行き、少女は手前の方に背を向けて横になった。仮面も外し横に添える。
「…………」
「…………こっち向けよ」
「いや、ちょっと……」
少し気恥ずかしがあり、振り向けないクラウディ。
ふと第6階層の事が思い出され、顔が熱くなった。
────クソ、忘れてたのに……
思い出した事で、部屋に入るべきではなかったと後悔する。
「昼間の返事は?」
「へっ?」
「私の告白の返事は?」
「…………」
言われて『私はラブなんだけど』、というセリフが脳裏に蘇る。
────そういえば言っていたな……
女同士の恋愛。元世界でもしばしば色々な問題があって記事に取り上げられていた事である。
元男は別に否定はしないが、かと言って肯定もできなかった。そんな感情など同性に持った事がないのだ。わかるはずもない。
しかも元男には想う人物がいるのだ。アイラの告白に頷く事はできない。
しかしどうやって断ったものか、彼女を傷つけず、今後も変わりなく旅を続けてくれるような方法があるのだろうか。
────無理だ、そんな方法ないぞ……
もしかしたら頭の良い者なら考えつくのかもしれないが、疎い元男の頭では皆無である。
出来るとしたら一つだけだった。
「なあ、どうなんだよー」
「い、今はそう言う事は考えられない」
「え……?」
そう、先延ばしにするしかない。先伸ばしして先に元の世界に帰る事が出来ればなお良い。
今の少女にはそう言う他なかった。
「今って事は、もしかしてクローの旅の目的ってのが達成したら考えてくれるってことか?」
────これはいい加減な解答はできないな……
「俺は正直、アイラには相応しい男がその内現れると思うが」
「じゃあ、異性として相応しい奴が現れなかっなら一緒にいてくれるか?」
────なんだそれは……
なおも食い下がるアイラに困惑する少女。どれだけの期間を指しているのか不明であるが、おそらく相応しい奴が現れるはず。女戦士はそれほどに容姿は良かった。
「まあ、そうだな……そう言うことならなくもない……か?」
「まじ?約束だぞ!」
────え、大丈夫だよな?どのみち帰るし
返答を間違ってないか会話を思い返してみるが、特におかしな点は見当たらず。
「そろそろこっち向いてくれよー」
グイグイと肩を引っ張るアイラ。クラウディは少し安堵して、顔の熱は引いていたので体の向きを変えて向かい合うようにした。
目が合うと彼女は目を閉じて唇を突き出した。
「…………」
クラウディは少し身体を起こすと、バレないよう二本指で唇に触れ、すぐに戻した。
アイラが二ヘラと笑う。それを見て胸が少し痛んだ。
「へへ、背中ポンポンしてくれよ」
「は?」
「ほら、赤ん坊とかによくやるだろ?アレアレ。私が寝るまでな」
「…………」
クラウディは彼女の背に腕を回した。アイラの背中は筋肉が素晴らしく思わず撫でてしまう。
それがくすぐったいのか身じろぎする女戦士。少し顔が赤くなった。
少女は視線を逸らして頭を振り、一定のリズムで背中を叩き始めた。
────何で俺がこんなことを……
「なんか子守唄も歌ってくれよ」
「えぇ……」
────歌……?歌……うた?
元男の少女は歌などほとんど興味がなく、テレビで流れていたCMやら人が口ずさんだメロディーしか知らない。それに記憶も曖昧なのでろくなものを知らなかった。
少し考えて何となく聞いたことのあるメロディーをゆっくりと小さく鼻歌で歌った。
「…………知らねー曲。でもなんかいいな……」
甘える戦士の背中を叩きながら歌っていると、彼女は目を閉じ、10分程してすやすやと寝息を立て出した。珍しくいびきをかいていない。
クラウディはもう少し続けると、アイラを起こさないよう身体を起こし、そっと部屋を出た。
思えばこの時、はっきりと彼女の気持ちを断っていればこの先あんな思いはしなくて済んだのかもしれない……。




