第206話 7.5階層での休息①
1時間後────
「飯だって?」
クラウディは全員を呼んで最初の部屋に集まってもらった。匂いに釣られてすんなりと出てくる他メンバー。
「なんだこの匂い……嗅いだことないぞ」
鼻をひくつかせながらティリオも出てくる。
「良いじゃん良いじゃん早く食おーぜ!」
「あ、ちょっと待ってくれ」
アイラが鍋の蓋を開けようとするので静止する少女。
「まずみんなこれを少し飲んでみてほしいんだが……」
そう言って全員に液体の入った小皿を渡した。
「鍋のスープか?大分薄いようだが」
カイザックが匂いを嗅いでいう。
「流石、よくわかったな。かなり薄いんだが。渡したやつを手首に少し塗ってあとは全部飲んでくれ」
クラウディは全員に促して確認すると砂時計を取り出してひっくり返した。
「…………」
「…………」
「……え、何?」
説明せずにいるとティリオが訝しむ。
「多分だが、毒があるってのはアナフィラ……アレルギー反応だと思う」
「アレルギー反応?何の話だよ?」
「いや、食物でも何でもそうだが。個人によって触ったり、口にすると身体が異常に反応して他の人にとっては何でもないのに毒に侵されたような症状が出ることがある」
「……なんかよく分かんねーな。飯は?早く食おうぜー?」
アイラがソワソワとする。
「大事なことなんだ。症状も様々で人によってこれまた違って、痒くなるだけの奴もいれば、最悪死に至る奴もいるんだが……」
「怖いこと言うなよ」
ティリオは眉間に皺を寄せた。カイザックがやれやれと肩をすくめる。
「要するにこの作った鍋は食えば何ともない奴もいるし、最悪死ぬかもしれないやつもいるってことだろ」
「……流石。まあそうなんだが」
それを聞いて他の2人が身構えた。何のつもりだと目が訴えている。
「まあ少し待て」
少女はそのまま約15分くらい砂時計を見ながら全員の様子を観察した。
元男の知識は医学に精通しているわけでもないのであやふやなところはあるが、元気に話したりする姿を見るに変化はなかった。
────そろそろ良いだろう
「液体塗った手とか、他に異常あるやついるか?」
唐突に尋ねると一瞬何のことかわからないようで、全員首を傾げる。もう一度丁寧に説明すると戸惑いながらも全員異常はないと返答した。カイザックだけは何か察しているようだった。
────これから食うもので苦しんでもらっても困るしな
「よし、食べよう」
「おー!良い匂い────ん"?!」
クラウディが鍋の蓋を開けると一瞬ティリオたちは目を輝かせたが、何かわかると後ずさった。
「か、カニじゃねーか!持ってきてたのかよ!」
わなわなと指差したのはそう、蟹鍋だ。カニの身を綺麗にとって────殻は出汁を取るため幾らか砕いて入れた────野菜や魚、キノコなどを入れて煮込んだものだった。
クラウディはどうしても蟹を諦めきれずにこっそり持ち歩いていたのだ。
一応解毒ポーション片手に蟹を焼いて食べるとかなり美味く、全く毒など感じなかった。
そこで何が毒と思わせるのを考えたところ、元男の世界でいうアナフィラキシーショックではないかと推測する。
アレルギーは個人差がある。なので最初に食したものが運悪く甲殻類のアレルギー持ちだったのだ。
それが広まって毒があるという誤情報が定着したのではないだろうか。
「────じゃあ本来毒なんてないってことかよ」
「俺は何ともなかったからな」
アレルギーについて説明すると装った器にようやく手を差し伸べたティリオ、それを見てアイラも手に取った。
「見た目は美味そうなんだよなぁ」
「ほんとに大丈夫なんだろうな」
「アレルギーのテストは大丈夫だったみたいだから……大丈夫だろ多分」
「多分って……」
先程のパッチテストと口内反応のテストも説明しており、問題なかったので食べても大丈夫なはずだ。
────え、大丈夫だよな
クラウディは蟹鍋の汁を啜った。塩味と蟹の出汁が出ていて懐かしい味で美味い。
他2人が手こまねいている中、カイザックの方を見ると普通に食べていた。
「カイザックは気にしてないんだな?」
「ん?まあ海街では蟹なんて普通に食べられてるからな。高級食材として扱われてるところもあるくらいだ。食べなきゃ損だ」
「「えっ?!」」
それを聞いた他2人は恐る恐る口にした。
「う、うま!」
「マジかよ……普通に美味いじゃん」
想像以上に美味かったのかそれを皮切りにバクバクと食べ出す。
クラウディもそれを見てゆっくり食べ出した。
────これでアレルギー出たらヤバいな
蟹鍋はかなりの量があったがものの30分で空になった。結局誰もアレルギー反応なく済み、安堵する少女。
「くぁ~食った食った!」
アイラが少し膨らんだ腹をポンポン叩きながらゲップをした。
「お前それ汚ねーぞ。やめろよ女だろ?」
女らしからぬ行動に眉間を寄せるティリオ。
「うるせーな。私の勝手だろ、文句言うのお前だけだぜ?な、クロー?」
「…………」
もはや見慣れた光景なので今更言うものなど居ないと言うのが正しいだろう。カイザックも呆れてため息をついた。
「呆れられてんじゃん……せっかくお前さ……」
「……『せっかく』なに?」
「あ、いや……」
言い淀むリーグットに何か感じたのかアイラはニヤニヤと笑い首に腕を回した。
「えー?なにー?ティリオちゃん。どうちたのかなぁー?お姉さんに言ってみ?ん?」
「う、うるさいな!触んなよ!もう寝る!馬鹿が!」
彼は赤面し、腕を振り払うと荷物を持ち、足音大きく奥の通路へ消えていった。
「つまんねーやつ。じゃあ私も休むかな……あ、クローさ、あとで来てよ。暇になったらで良いからさ」
「?ああ、了解」
アイラも荷物を持つと奥の通路に消えていった。ティリオと遭遇したのか何か言い争う声が聞こえる。
クラウディは後片付けをするため水場へ向かった。カイザックも珍しく手伝おうと言ってついて来る。
「…………」
「…………」
「……お前、よくアレルギーについてあれだけ知っていたな」
並んで皿を洗っているとカイザックが口を開いた。
「あー、本で読んだ」
普段本を読む姿も見ているカイザックもなるほどと促いた。
────まあ嘘だが
元男の世界での知識であり、それはとある医者からの知識だった。白衣を着た焼けた肌が特徴の……。
「っ……」
思い出そうとして軽い頭痛が少女を襲う。倒れないように踏ん張るが手が止まる。
蟹のことを無理に考えていると少しして頭痛がおさまった。
「────どうだ?」
「え、何が?」
聞いていなかったので聞き返す。気づけば洗い物も終わっていた。
「このあとチェスをやるぞ」
「……了解。水浴びして、アイラの部屋に寄ってから行く」
「オーケー……────俺も今から浴びるかな」
そう言っていきなり脱ぎ出すカイザック。
少女は見ないようにし、慌てて食器をインベントリに入れると逃げるようにしてその場を後にした。
最初の部屋に来てやれやれと一息つくクラウディ。中央に置かれたコンロに小さな鍋を置いて湯を沸かした。
────1時間経ったら風呂入るか……
砂時計を取り出してひっくり返す。
湯が沸くとエルフの森で教えてもらったハーブと香料を入れて飲み物を作る。そして本を取り出すとランタンの灯りの近くで飲料を飲みながら本を読み始めた。
タイトル変更 内容は変化ありません




