第199話 第6階層の霧
翌日────
クラウディはスライムに起こされて身体を起こした。スライムにはクラウディ自身を模倣してもらい外で見張りをしてもらっていた。
カイザックとチェスをしてから眠たくなるまで相手をしており、解放され入口の部屋に戻る頃にはティリオは既に眠っていた。少女も部屋の端の方で寝袋で寝ることにしたのだ。
少女はスライムの変化を解いて瓶に戻し────『生命石』のマナはカイザックが補充したので満タン────、その場で伸びをする。
物音に気づいたのかリーグットのティリオも起き上がって目を擦った。
「ふぁ……早いな、昨日はあの男と何してたんだ?」
「ああ、ちょっとしたゲームだ」
「ゲーム?賭博してんのか?」
「賭博と言えば語弊があるな……まあそういう日もあるが」
「俺は苦手だ、そういうの。ギャンブルなんて金食い虫だよ」
────それは言えてる
「ベルフルーシュで少しやってみたけど全然ダメだったね!俺には向いてないな。お前もほどほどにしとかないと痛い目見るぞ、誰かさんみたいに」
誰かとはアイラのことだろうなと、負けてテーブルを叩く様が容易く想像出来る。
しかし賭博で600万近く稼いだことがある事は、商人でもあるティリオが発狂しそうなので黙っておいた。
2人は雑談もそこそこに各々戦士と情報屋を起こしに行く。
「んっ?ゴツゴツ戦士なんかいたか?」
「イカ臭いやつが何みてんだ?殴るぞ」
部屋のドアは向かい合うようになっているので、同時に出てきて鉢合わせるアイラとカイザック。早々に不穏な空気となった。
「え、何?あいつら仲悪いの?」
その様子を見てティリオが不安な表情になる。
「悪いというかなんというか……」
お互い睨み、どちらも引かないので少女はリーグットに頼んで2人が間に入って距離を離した。
その後は各自朝食を摂り、荷物をまとめるとティリオが全員を部屋の中央へ集めた。
地図を床に置き、進む上での注意点を話し始める。
「────6階層は一見複雑な地形に見えるけど、実のところはルートは簡単で、今の環境はモンスターもそこまで出ない」
「うっし、じゃあちゃっちゃと行こーぜ!」
拳を叩きながらアイラが立ち上がる。
「待てって!重要なのはこのフロアのボスの『ドリムリフ』だ」
ドリムリフ────
6階層のボスとされるモンスター。陸上の魚と呼ばれ、外見は巨大な魚のようだという。霧を広範囲に撒いて幻覚を見せ、近づいてきた者を捕食する。
「『幻覚』か……何か対策はあるのか?」
「ドゥロクエルっていうポーションがある。幻覚作用を緩和するものなんだけど────」
「いくら渡したんだ?」
話の途中で何か感じたのか、カイザックがクラウディに耳打ちした。
ガイドポーターは道案内、兼荷物持ちである。実はティリオの職業はまさかの『ガイドポーター』であり、『ガイド』と『ポーター』能力を併せ持っているという珍しいものだった。加えてリーグット族は小さいがヒト族よりは頑丈というので、ダンジョン探索にはかなり有利に進める。
しかし仕事をするには道具がいる。ならばその道具はどうするのか。低層の道具なら斡旋所のあるもので事足りるが、それ以上は雇い主が出すのだ。
かける金によって攻略の難易度も上下する。もちろん道具を買うのはガイドポーター自身なので本人の度量もあるのだろうが。
今回クラウディは説明を受けて惜しげなく100万ほど渡していた。ティリオはかなり驚いていたが最前線の13階層まで行くのだ、当然だろう。
彼がかなり自信ありげに見えるのも十分なアイテムが買えたからに相違無い。
当然情報屋であるカイザックもそのシステムは知っているだろうしなんとなく察しはついているはずだ。
しかしクラウディはハッキリと金額は伝えず濁した。
それに少し不満げではあったが、彼はまあいいと食い下がりはしなかった。
「そこの2人聞いてるのか?」
集中出来てない2人にティリオが注意する。
「ああ、ボスに関してだろう?何か怪しく思ったらポーションを飲んだけってことだろ」
「いやまあ、そうだけど……大分端折ったな」
カイザックが要点を言うと頬をぽりぽりと掻くリーグット。
話が済むと一行は荷物を持ち外に出た。
ポーターが大木の森を一度見回し歩き出した。一同それに続く。
大木の森は妙なもので全てが真っ直ぐに生えているわけではなく、いくらか斜めになっているものもある。
普通サイズの木もたくさん生えているが感覚が開きすぎて視界はやや広いものだった。
「なんかいんの?」
クラウディが辺りを警戒しながら歩いているとアイラが側に来た。
「いや……近くにはいない」
モンスターの気配は何となくあるが敵意や殺意といったものはないのでそこまで気にしなくていいだろう。
「そっかぁ、昨日のマンティスまあまあだったけどなぁ」
「は?マンティス?それって5階層のボス?倒されたって噂だったけどアイラがやったのかよ」
聞こえたのかティリオが振り返る。
「おおよ!しかもユニーク個体だぜ!ま、私には勝てなかったけどな────こう、ババッて、ズバァッて!」
アイラがいくらか身体で戦闘を表現し得意げに胸を張る。鼻が高くなっていく様が少女の目に浮かんだ。
ティリオはやはりアイラとは相性が良いのか擬音の多い説明に熱心に聞き入っているようだ。やはり寂しくなってアーベルまで追ってきたのではないだろうか。
クラウディは2人を眺めながら歩いて行った。
カイザックは最後尾についているが、暇なのか歩きながらタバコを吸っている。臭いでモンスターが寄ってくるのではないかと思っていたが、ティリオから一応魔除けにはなることを聞いていたので少女は何も言わなかった。
ただ時折暇すぎて近くまで来ると煙を吐きかけてるのは正直やめて欲しいものだが。
「いつかお前にも思い切り吸わせてやるよ」
「結構だ」
張り付いて吐きかけてくるので押しのけるクラウディ。カラカラと笑い彼は少し離れた。
そうこうしているうちにマップ上の中程に来て辺りに変化かがあった。
薄らと霧が出始めたのだ。
ガイドポーターは警告の声を上げ、全員にポーションを飲むように促した。
既に危険を察知している他メンバーはポーションを服用する。
霧が濃くなっていくがポーションを飲んでいるので影響はなく、だが時間制限があるのでティリオは足早に進んでいった。
「ポーションが効いているうちにボスを倒さないと!本当に大丈夫なんだろうなお前ら!」
セーフポイントでの話し合いでボスの戦略はたいしたことないというので討伐することに決めていた。
「ああ、Aランクのアイラもいるんだ。大丈夫……」
「その肝心のAランク様の姿が見えないようだが?」
カイザックが走りながら薄ら笑いを浮かべた。
一同その場に急停止し辺りを見渡した。
「「はぁ!?」」
なんとアイラの姿がどこにも見えなかった。




