第193話 キラーマンティス
ユニーク個体────
存在進化を果たしたモンスターの総称。モンスターは同格、或いはそれ以上の敵を倒し肉を喰らうと存在進化を得る事がある。ユニークモンスターと呼ばれるそれは通常個体より2段階強くなるとされていた。
現れた蟷螂は体高3m、体長5mはある体躯。
蒼いオーラを纏う外骨格はまるで鎧のようにゴツく弱点である腹もほとんど覆われていた。
蟷螂は近くを通るバウトホッパーを目にも止まらぬ速さで捕獲し、むしゃむしゃと食べだした。
「あれがキラーマンティスか?」
念の為クラウディはカイザックに小声で聞いた。
「およそ俺の知るマンティスとは違うが、似た特徴はある……ユニーク個体だな。どうする、逃げるか?まだ気づいてないぞ」
それならばと逃げることを選択しようとしたが、女戦士がニヤリと笑うと大斧を振り回し、敵に向かって歩き出した。
「ちょっ?!アイラ逃げるぞ!」
「いいじゃん、退屈なんだよクロー。強そうだから私が狩るぜ」
クラウディが慌てて肩を掴もうとしたが、届く前にアイラは突進した。
「うらぁ!!」
斧を振り上げて飛び上がるとカマキリの頭部へ斬りつける。
気づいた敵は片方の長い鎌で弾いた。食事の邪魔をされアイラに向き直ると食べかけのバッタを放り投げ、鋭利な牙をかち合わせてガチガチと音を鳴らす。
「来いよ!」
女戦士とカマキリは本格的に交戦を開始した。
「加勢しなくていいのか、あれ」
クラウディは少し離れた茂みに身を隠しながら側にいるカイザックに小声で言った。武器に手を伸ばしたが彼は首を振る。
「あいつはああなったら止められないだろ……横槍入れられるのも嫌がるからな」
────危なくなったら言うよな?
不安になりながらもスキルを持たない少女は黙って見守ることにした。
「『破断』!」
女戦士は隙をついて強い威力の縦斬りを細い脚に放つが、硬い外骨格には薄らとしか傷はつかない。
それでも衝撃は伝わったのか蟷螂は鎌を振り上げ、その鎌が蒼く輝く。
「『金剛』!!」
まずいと思った女戦士が自身に硬化スキルを使用した。そして次の瞬間、敵の手元がブレて見えないほど動き、無数の蒼い斬撃が飛んで来た。
戦士は大斧の柄をやや短く持つと筋肉を隆起させ、迫り来る斬撃を次々と弾いていった。
「おらおらおらおらぁ!!!どうした!!」
弾かれた斬撃がクラウディたちの方まで飛んでくるので見ている仲間の2人は慌ててさらに距離を取り、岩があったのでその陰に潜り込んだ。
蟷螂は通じないと思ったのか、急に姿を消したと思えば女戦士の背後に姿を現した。
「はっ?!」
敵が大きく腕を振り斬撃が放たれる。前後から挟まれる形で対応しきれず、ビシャリという音と共に斬撃がアイラに直撃した。
続いてそれまで放たれていた斬撃が次々に命中する。戦士が巻き起こる土煙に埋もれていく。
それを見て焦ったクラウディは岩陰から出ようとしたが、カイザックが大丈夫だと肩を掴んだ。
「さっすがユニークモンスター……やるじゃん」
土煙の中から戦士の声がし、晴れると血まみれの身体が見えた。流石にスキルでは防ぎきれなかったようだ。
しかし彼女は不敵に笑っており、身体からバチンと電気が跳ねた。いつの間にか手には雷属性武器の『ライアク』を握っており発動させていた。
頭から垂れてきた血を舌で舐めとるアイラ。ライアクを肩に担ぐと構えた。
「手加減はいらねぇなよなあ!!『力溜め』!!」
全身の筋肉が隆起しギシギシと軋む音が聞こえる。
身の危険を感じたのかキラーマンティスは甲高い声を上げ、素早く周囲を動き始めた。
戦士としての攻撃は遅く、とても捉えられないはずだ。どんなに威力が高くても当たらなければ意味がない。
「いくぜ……『奥義────』」
「ちっ、おい飛べ!!」
カイザックが察したように少女に言い腕を引いた。何が何だか分からないがクラウディも合わせて飛び上がった。
「『斧無双・円』!!」
女戦士は激しく身体を回転させたかと思うと武器を振り周囲に円形の斬撃を放った。
全方位に飛んでいく斬撃は高速で動く敵など関係ないかのように通過した。飛び上がったクラウディは着地し、その様を見て肝が冷えた。少しでも遅ければ巻き添えだっただろう。
そして時が止まったように動きが停止するキラーマンティス。やがてアイラがドンと地面に斧を置くと上下に分割されドシャリと崩れ落ちた。
遅れて周囲の木々は薙ぎ倒され、草葉はバラバラに散る。まるで広範囲を伐採したかのように地形が変わった。
アイラはライアクの力を解き、その場にへたれ込んだ。
「痛ってぇ~。くっそ結構もらっちまったぜ……」
クラウディは彼女に駆け寄り状態を確認した。裂傷多数あり、特に背後に回られた時の傷がかなり深く出血も多い。元男の世界であればすぐさま縫って輸血しなければならないレベルだ。
少女は買っておいたハイポーションをアイラに渡した。高いんじゃねーの?と驚いていたが気にせず飲むよう促した。
服用するとみるみる傷が治っていく。伊達にウン十万はしない代物である。
「サンキュー!治った治った!!────ってアレ」
アイラは立ち上がってポーズを決めるがふらついてクラウディが慌てて支えた。
「馬鹿だな筋肉馬鹿。失った血液まで戻らないぞ。しばらく安静にしてろ馬鹿」
「何回馬鹿言うん────ふにゃ」
言い返そうとして脱力する女戦士。少女は彼女をその場に横たえた。
「カイザック、どうする?流石におぶって移動するのはまずいか?」
「ああ、まずいな。ダンジョンは無限にモンスターが湧く。出会したらやられるかもしれない」
少女はライアクを気絶した戦士のインベントリにしまい、少しの間考えた。
────浮遊魔法なんてないしな……
浮遊の経験のない少女がその魔法をイメージすることは出来ず。やがて考えた結果『プリムスライム』と『生命石』を取り出した。
「まあ妥当だな」
カイザックからも同意あり、マナを込めてスライムを女戦士へと姿を変化させる。
いくらか命令するとスライムは毛布で本物を包み肩に担いだ。
「おい、素材剥ぎ取ってけよ」
さっさと脱出しようとしたところをカイザックがキラーマンティスの死骸を指差した。
────ああ、確かに勿体無いか
一行は死骸の側まで行き、アイラの大斧で何度も叩きつけて何とか大鎌を根本から叩き折った。鎌は身体から離れても僅かに蒼いオーラを纏っている。
それを2本インベントリに上手く入れ、他にも何かないか探した。
「他に使えるところってあるのか?」
「メインは鎌だな。あとはコアを落とせば一儲けってとこだが……ないな」
カイザックが辺りを見回したが首を振った。一行はあとはそのままにし、上の階へと目指した。




