第188話 第5階層
横穴は10mくらい進むと急に広い空間に出た。
3m四方の空間。その空間には樽や簡易な寝台が置いてあり、奥に別の空間がありそうだった。
「部屋?」
横穴からその空間に降り立つクラウディ。辺りを見回してまるで部屋のようだと呟いた。
「ダンジョンには先人たちが至る所に休憩場所を設けている。ここはそのうちの一つだろう。セーフポイントってやつさ」
カイザックが中に入るとそう説明した。
────マティアスが言っていたな
マティアスたちと落ち合う場所も10階層のセーフポイントだ。ここと同じような場所なのだろう。
「へー」
アイラが感心したようにキョロキョロと辺りを見回した。
「へーって、アイラは経験者だろ?ダンジョンの」
「あーまあ確かにあったけど、ソロだったし。なんも思わなかったな」
クラウディはアイラが奥の部屋に行こうとするため、後ろからランプの灯を照らし、後に続いた。
奥の部屋の一つには洞窟の岩をそのまま切り出した人工的に造られた台座があった。台座は1mくらいの高さにあり、水が張ってある。どうやら水飲み場のようで上の尖った岩から水が垂れているようだ。
ランプの明かりではよく見えないが汚くはなさそうだった。
女戦士が水に顔を近づけたので一瞬飲むのではないかと思ったが、指で少し触っただけですぐに離れた。
「俺に触るな、筋肉女」
濡れた手をカイザックの服の端で拭うアイラに、彼は眉間に皺を寄せ、手を払った。
奥のもう一つの部屋には寝台が一つあるだけで他は何もない。寝るスペースと言ったところだろうか。
一行は最初の部屋で少し休むことにし、ついでに軽食も摂ることにした。
各々持ってきたものを取り出す。クラウディは干し肉を刻んでケチャップ風味のソースをかけたものを用意しておりそれを食べるが、2人の視線が刺さる。
「クローは色んなものを作れるよな。分けてくれよ」
アイラが側に来て匂いを嗅ぐ、少女はまだ作ってきていたので同じものを2人に渡した。
────自分のあるだろ、今度から隠れて食べるか?
大して珍しくもないだろうにと頭の中で文句を言いながら食べる。2人は余程美味かったのかペロリと平らげた。
それから各々休み、クラウディも地図を眺めていた。どうも5階層は雰囲気が違い、通路や曲がりくねった道などが見当たらずただ至る所によくわからないマークが記してあるだけだった。
買った時によく確認してなかったので、もしかしたら変なマップを掴まされたのかもしれない。
地図と睨めっこしていると部屋の入り口から人の気配がした。カイザックの方を見ると既に気づいているのか目が合う。
武器を手に身構えていると、冒険者らしき者たちが入ってきた。
「おっ、先客がいたか。少し休ませてもらうぜ?」
顎鬚を蓄えた30代くらいの男性が入ってくると、その後ろからもう4人入ってきた。別のパーティが来たようだ。
流石に部屋は狭く感じ、クラウディたちは荷物をまとめると先へ進むことにした。
「なんか悪いな……あ、そうだ!今5階層はボスがいるらしいぜ。いくらか別パーティがやられたみたいだから気をつけるんだな」
パーティのリーダーらしき男が申し訳なく感じたのか情報を伝えた。
「……そうか、助かる」
クラウディは少し頭を下げ、部屋を後にした。他の2人も続く。
「5階層のボスってなんだろうな。先越されてなきゃいいけど」
「さあな」
先程の5階層への通路に出るとアイラが笑顔で側に来た。雑魚モンスターばかりでつまらないのだろう。
狭い洞窟の通路を進んでいると薄暗い光が見え始め、進むたびに大きくなってくる。
やがて洞窟を抜けて広い空間に出る。
「森?どうなってるんだ?」
窮屈な洞窟から一変して鬱蒼とした広い森に出る一行。木々や草葉がびっしりと生えており、歩くたびにガサガサと音を立てた。
ランプが掲げてあるわけでもないのに何故か森は明るい。
「見てくれクロー!でっけえキノコ見つけた!」
どこから採ってきたのか人の子程の大きなキノコを頭の上に抱えて持ってくるアイラ。よく見れば蠢いており足のようなものが生えているのが見えた。
クラウディはその様子に敵と判断して剣を抜いた。すると危険を感じたのかキノコは震え出し、鋭い口がばっくりと現れたかと思えば女戦士の頭にかぶりついた。
これはいけないと、少女はキノコの口上に刃を通すとそのまま上に切り裂いた。すんなりと刃が通り綺麗にぱっくりと裂けるキノコは、力を失ったように垂れると地面にドサリと落ちた。
「気をつけろ、こいつモンスターだろ」
「悪ぃな。珍しかったからつい」
クラウディは本当に倒したのかと注意深く近づき、剣先で巨大キノコを突いた。そしてカイザックを見つめる。
「それはマタンゴだな。菌糸類に属してる。地上にもいるが、大して脅威のないモンスターだ。せいぜいEランクくらいか」
「食えるのか?」
「…………一説では毒キノコを食った人の成れの果てと言われているが……それでもいいなら好きに。俺は食わん」
「…………え、クロー?」
クラウディはキノコの匂いを嗅ぐと細かく切り分けてインベントリにしまった。それを見てたじろぐ2人。
「俺は食わないぞ」
「私もいいかなぁ……」
「諸説だろ?匂いはキノコだった」
────これは1人で食べるか
一行は森を慎重に進んでいった。その中でどうやら明かりを放っているのは木や地面にこびりついている苔のようだった。緑色に発光する苔はそこここにありそれが辺り一面に生えているのだ。
ランプの明かりは一旦消し、カイザックに返却する。
地図を広げて確認しながら先を進めていくと、ばつ印のある地点まで来た。近くに目印の大きな木があるので間違いないだろう。
「なに?宝でも埋まってんの?」
アイラが地図を覗き込んだ。
「わからない。こういったマークは、店主に聞いたが人伝に卸したものだから知らないらしくてな……」
「どれ、見せてみろ」
カイザックが上から覗き込み、少女から地図を取った。
少しの間顎を指で触りながら眺める。そして辺りを見渡して地図を返した。
大木のある場所へ行き草をかき分けると赤と黒の配色の箱が姿を現した。
クラウディとアイラがおおっと声を上げる。子供が1人くらい入りそうな大きさの宝箱のようだ。
カイザックがいくらか触り、アイラに開けるよう顎で示した。
「へへ、わかってんじゃねーか」
少女も間近で見ようとしたがカイザックに肩を掴まれて引き止められる。振り向くと口元を隠しているが笑っているようだった。
と、アイラの悲鳴が辺りに響いた。




