第183話 ルーベニア魔法商店①
クラウディたちが双子のドワーフ工房から出た後、『ルーベニア』魔法商店に向かっている時────本通りの中程でアイラが出店に目移りしている時だ。少女は狭い路地の方から気配を感じた。
まるで気づいてくれと言わんばかりの視線にカイザックかと思い、アイラはそのままに、人混みを抜けて入ってみる。
路地にはゴミやら薄汚いものが散乱はしているが人影はない。しかし、喧騒から離れているのに関わらず近場から何か別の気配がする。
少しその場に留まっていると不意に目の端に刃が現れ、すんでのところで屈んで避けた。
クラウディは素早く剣を抜き距離を取るが敵の姿はない。
────いや、いる
余計に動かずに五感に神経を集中した。わずかに壁を蹴る音がし、身を引いて腕を振った。
金属音と共に刃を捉えるクラウディ。敵は柔らかな黒い装束に黒子の頭巾のようなものを被っていた。
少しの間、刃で押し合いをするが不意に相手は離れ、武器を納めた。
少女はまた襲ってくるかもしれないと警戒する。
「無礼をお許しください、クロー様」
黒子が口を開いた。声は男、背もクラウディよりも高い。
「誰だ?俺はお前みたいな知り合いはいないが」
「……カイザック様より伝言を預かっております」
────ああなるほど
少女は目の前の黒子がカイザックから寄せられた情報屋の組織の1人であることを理解した。ベルフルーシュでカイザックの側にいた護衛のような存在なのだろう。
クラウディは警戒を解いて武器を納めた。それを見て黒子は膝を地面につき首を垂れた。
「『ハニマークス』娼館。302号室にて待つ。襲いはしないから安心しろ……と、以上です」
────ハニー……マックス?
クラウディは地図を出してどこだと黒子に聞いた。彼は側に来るとここですと指差した。さっきまで謎の感じを醸し出していた者が指を差して道を教える様は滑稽だなと思いながらも頷く少女。
「すぐに向かって頂けると幸いです」
そう言い残し、黒子は少し離れると再び気配を消し、遠くへ離れていった。
「ちょっと遠いな……」
地図を見ながらやれやれと頭を掻く。とはいえカイザックの居場所はわかったが、今は魔法商店に行かなければならない。なので後回しにしようと、本通りに戻りアイラの姿を探した。
彼女は串焼きやら飲み物やらを抱えて辺りをキョロキョロと見渡していた。クラウディの姿が見えると嬉しそうに笑って軽く飛び跳ねた。
「どこ行ってたんだよー。ほら買っといたぞ!腹減っただろ?」
「頼んでないが……まあ貰っとく」
クラウディは串焼きを受け取ると仮面をずらしてかぶりついた。
2人は引き続き魔法商店へと向かった。
魔法商店は先日ダンジョンに入った階段の反対側の本通り、その路地裏の坂を登ったところにあり、割と崖ぎわだった。元男の世界の台風や地震があれば多分落ちるのではないだろうか。
崖には背の高い草木が生い茂っており、それをかき分けていくと建物が見えてくる。建物はこじんまりとしていて色とりどりな壁が特徴的だった。
看板が立てかけてあり『ルーベニア魔法商店へようこそ』と書いてある。
2人は顔を見合わせ中に入った。
中に入ると薬剤のようなツンとした臭いが鼻を刺激した。アイラもクセェと眉間に皺を寄せる。
見回すとあちこちに薬草やら薬液が入った瓶やら、謎の生き物が入ったケースやら所狭しと置かれている。他にも魔法具らしきものが多々あった。
他の客はいないようだ。
店内の真ん中には多肉植物みたいな大きな鉢植えが並んでいる。はっきり言って邪魔で、その植物越しにカウンターが見えた。奥にはさらにドアがある。
しかし誰もいない。
クラウディはカウンターまで行き、呼び鈴があったので叩いて鳴らした。甲高い音が鳴り響くと奥からドタドタと荒い足音がし、かと思えば勢いよくドアが開いた。
「いらっしゃいませ!」
中から出て来たのは30代くらいの女性。よれたローブを着、枝毛の目立つ手入れされてない茶色の髪の毛は胸辺りまで伸ばしている。
「ギルドから言われて来たクロー……あー『レゾナンス』パーティなんだが」
個人名よりパーティ名の方がいいかと言い直す。魔法師のような女性はとんがり帽子を被り直して目の前の冒険者を見つめた。少しして思い出したかのように手を叩く。
「ああ!あのマンドラゴラの!」
彼女は奥の扉に入っていき、少しして再び出てくると2人を手招きした。
クラウディとアイラはカウンターの中に入り奥へと入っていった。




