第180話 マティアスと遭遇②
「ひっでぇやつらだな」
話し終えると開口一番にターナが眉間に皺を寄せて言った。
「助けてもらったのに襲う、犬として……人として終わり」
ブラウンが唸る。ラミーも難しい表情をし最低だと呟くのが聞こえた。彼らは少女の境遇に色々感じることがあるのだろうが、クラウディにとってはどうでも良く、ただマティアスを見つめていた。
彼が話を信じるか信じないかで関わり方も変わってくる。もし信じなくて疑われるようなら今後の活動に影響を与えるだろう。
そうなると最悪、本当に殺すことになるかもしれない。
マティアスは視線に気づいたのか顔を上げた。ヘルムで表情は見えない。
「もしかして俺が信じないって疑ってる?」
何か感じ取ったのか彼は首を傾げた。
「全部信じるのか?」
「……なんか話してないこともありそうだけど。筋は通ってるし、オーガにやられたなら殺され方でどのみちわかることさ。そこまで考えてないことないだろうし。俺は信じるよ」
ボンズとダニエルは人間業ではない死に方をしている。確かに確認されればわかることだ。
────どこまで信じてるかわからんが
黙っているとマティアスが仲間に何か言い、向き直ると明るい声で言った。
「なぁ、クロー?俺たちとレイドを組まないか?」
「レイド?」
レイド────
複数のパーティが同盟を組んでダンジョンなどを攻略すること。強大なボスなんかはレイドによって倒されることは少なくない。ギルドからもクエストとして難関な問題解決に依頼することもある。
クラウディは説明を受けて、考える様に仮面に触れた。正直悪くない話ではある。先程の4階層でもソロではあったが、かなり手こずった。
オーガを倒したと思ったらモンスターの群れに遭遇し、『生命石』も半分はマナを使用したのだ。
このままではソロでは5階層がやっとではないだろうか。
ただそうなってくると1番の問題点がある。組む以上は誰もが気にするものだろう。
そう、報酬だ。
クラウディはこのダンジョンのアーティファクトを狙っている。元男の世界に帰るための手がかりなので、絶対に譲ることはできない。
「悪いが────」
「もし目的がアーティファクトなら譲るよ」
「っ?!」
「ちょっとマティアス?!」
抗議するように声を上げる魔法使い。他メンバーも呆気に取られていた。
「はあ?!マティアスてめ、ふざけんな!私たちがどれだけ身を削って潜ってたかわかってんのか?!」
我に返ったターナが物凄い形相で掴みかかる。ブラウンも四足歩行で唸った。
クラウディも驚いたが、彼らの反応を見てそれは当然だと思った。アーティファクトの獲得、それはダンジョン攻略において全ての冒険者が夢をみるものだ。それを譲るなどとは片腹痛い。
「ご、ごめん……ちょっと席を外して良いかな?」
マティアスは押し寄せるメンバーを押し退けながらクラウディの側まできた。仲間内で話したいのだろう。
少女は自分が捌けることを伝え少し離れた。
階段上の壁に寄りかかり、話がつくのを待った。ダンジョン内は死体は転がっているがモンスターの気配はない。昨日あれだけ倒したからだろうか。
────このまま帰るか?
30分くらい待ったが中々話がつかないのだろう、そう考え始めていた時に犬人族のブラウンが少女を呼びにきた。
「話はついたのか?」
「うん。こっちきて」
クラウディが先程の場所に戻るとマティアスが楽にするよう促した。少女が座ったのを確認して口を開く。
「流石に譲るというのはダメだった。ごめんね?けど13階層まで同盟というのはどうかな?」
「なぜ?」
「現在踏破されているの13階層まで。そこから先は見つかってないんだ。ただ階層への道を見つけるまで敵が恐ろしく強い。俺たちもなかなか探索しきれないんだ。どうだろう?」
「つまり14階層へ降りたらそこから先は再び競争相手ということか」
「そうだね、そうなるね」
苦笑いするマティアス。忙しなく手を合わせて指をクルクル回している。
────悪くない
クラウディはその提案自体は悪くないと感じた。言うなればアーベルダンジョン初心者を10階層まで運んでくれると言っているようなものだ。クラウディたちにとってメリットしかない。
だが、これはあくまで少女1人の意見であり、他のメンバーの意思を確認するまではどうしようもない。
「悪くない。だがアイラたちにも聞いてみないと」
「たち?」
「ああ、もう1人いる」
「驚いた。ベルフルーシュでは2人と聞いてたから…………取り敢えずわかった。もし了解が取れればそうだな────」
マティアスは仲間内を見渡した。あまり人に知られたくないんだよなと呟く。
「じゃあさ、10階層のセーフポイントで落ち合わねーか?」
ターナがそう提案する。
「セーフポイント。一定の階層ごとにあるモンスターが出ない区画。区画というか空間というか、そんなとこある」
少女が首を傾げているとブラウンが説明した。
「いやそれは……最初から一緒に行った方がいいだろ?」
マティアスがターナの言葉に抗議した。
「私たちだってただ待ってるわけにはいかない。初心者をキャリーなんてごめんだし、私たちが積み上げて来た功績だぜ?それにこいつらが本当に潜ってこれるか、ついて来れるかの指標にもなる」
ターナがそう言うとマティアスも黙った。他のメンバーも同意見なのか何も言わなかった。
────まあ妥当な意見だな
ターナの言うことは全く正当な意見であり、それについてはクラウディも特に言うことはなかった。
「わかったよ……じゃあこうしよう、2週間後俺たちは10階層のセーフポイントで待ってる。もしそっちが同盟を組んでくれるならそこで落ち合おう」
「いーや、10日だね。仮にもAランクならそれくらいしてくれないと」
ターナが意地悪くニヤけてクラウディを見下ろした。
「……了解。それで行こう」
クラウディが了解を示すとしばらく沈黙が流れた。
ブラウンだけはキョロキョロと辺りを見渡している。
「マティ、アレ、言っといた方がいい?」
犬人族が言うとマティアスは思い出したかのように顔を上げた。
「ごめん、話変わるけどその仮面呪われてる」
「……え?」
唐突に言われてクラウディは何を言ってるんだと眉間に皺を寄せた。
「これは憶測だけど、クロー……、やたらモンスターに狙われないか?」
それを聞いてどきりと心臓が跳ねた。思い返してみると心当たりがないこともない。特にダンジョンに入ってからは多い気がした。
「……狙われる気も、しないでもない」
「仮面の呪い自体は強いものじゃないからモンスターによっては効いたり効かなかったりだけど、ヘイトを取るような効果だ」
クラウディは仮面を触った。仮面は行商人から────名前は忘れた────買い取ったもので変声以外のことは聞かされていない。
「もしそうだとしたら、どうしたらいい?」
「ほぼ100%呪われてると思うけど、良ければ腕利きの魔法師を紹介するよ」
「ん?そっちの魔法使いじゃダメなのか?」
「私は攻撃専門なので」
ラミーは口を尖らせていった。マティアスはクラウディにアーベルの地図を出させ、とある場所に印をつけた。
「そこに行くと良い。ちょっと変な人かもだけど信用できる人だから」
「助かる」
クラウディは地図を返してもらうと荷物にしまった。
それから一行はもう30分ほど休憩したのち地上へと戻った。道中モンスターに出会し、確かに仮面をつけたクラウディに敵が集中するので呪いの話は信じるしかなかった。
地上に出ると陽が沈む前で空が赤くなっていた。
「それじゃ、10階層で待ってる」
マティアスは別れ際にいい、手を差し出した。
「ああ、よろしく頼む」
クラウディは彼の手を握った。籠手越しなのか少女の手が小さいのか、彼の手は二回り以上大きく感じた。




