第167話 ちょっとした騒動②
「もう、何考えてるんですか……危うく追放ものでしたよ……」
Aランク冒険者で職業『僧侶』のミレーネは杖を胸に抱いてため息をついた。隣には同ランクの『魔剣士』ラゼンが何ともない様子で歩いている。
「聞いてるんですか?噂になりますよまた……みんなに何ていうんですか」
魔剣士はそんな事は頭に入っておらず、先程の2人のことを考えていた。
────『闘神』アイラがここに……
実質Sランクと噂の戦士職の猛者。実際に対峙してみて威圧感がヒリヒリと伝わった。対照的に小柄な仮面の男からは何も感じなかった。感じなさすぎて違和感しかない。
────考えすぎかもしれんが
「奴ら、どう思う?」
所感が聞きたくて隣を歩く僧侶に聞く。しかし腹を立てている僧侶は口を尖らせた。
「どうもこうもありません。次会った時はきちんと謝りましょう?謝るまで許さんって言ってましたよ!防御魔法も素手なのにヒビ入っちゃってましたし!怖すぎでしょ?!そもそも何であんなことに?」
────素手でヒビを……
ミレーネの防御魔法『シール』はオーガの一撃でもヒビが入らない程頑強であった。それを素手というのは恐ろしい限りである。もしやり合っていたら勝てただろうか。
「ギルド内で気配を消しているやつがいた。『超感覚』に引っかかってようやくわかるほどのな。怪しくないわけないだろ。俺は尋問しようとしただけ」
「……それにしては手荒な感じがしましたが」
「逃げようとするからだ。今回も黒の軍団の1人の可能性があった」
黒の軍団────
最近巷で噂され、悪とされる残虐の限りを尽くす神出鬼没の軍団。貴族らがいくらか犠牲になり、それに伴い多くの民が命を落としている。
実はアーベルのギルド内にて黒の軍団の一味が潜伏する事件が過去にあった。一度は多数の犠牲者が出たものの、その場にいた別のAランクらが制圧。二度目はラゼンが今回と同じように気配を消していた者を取り押さえて発覚。その時は大事には至らなかった。そして2回とも黒の軍団は自害している。
「でも違ったんですよね?じゃあ謝りましょうね!」
「…………完全に疑いが晴れたわけじゃない」
認めない男にミレーネはやれやれとため息をついた。実際は闘神アイラの登場、そして関係者とわかった時点で黒の軍団ではないとわかった。だからといって間違った行動ではない。
「確かあの『アイラ』って人は闘神と呼ばれた凄腕の冒険者です。何故ここにいるのかは知りませんがダンジョンに潜るのでしょう。例のマティアスたちも戻ってきてますし……言いたいことわかりますね?」
「俺は……」
「分かりますね?」
「……了解」
凄む僧侶の言葉にラゼンは渋々頷いた。
「やれやれだな……はぁ」
クラウディとアイラは酒場に来ていた。酒場は人でごった返しており先程騒動を起こしてしまった2人も紛れてちょうどいい場所となった。
クラウディたちはあの後、受け付け嬢からある程度説明を受けていた。
どうやら黒の軍団の一味が潜伏していたことがあり、あの魔剣士に正義感で疑われたとの事だった。
故に誰も割って入らなかったし、誰も責める事はしなかったと。
────黒の軍団ね……
黒の軍団といえば霧の街レイボストンで戦った、あの影法師が所属している組織である。
それの一味が過去に潜伏していたことがあったならば気配を消していたのは確かに軽率な行動ではあっただろう。あの場の空気も暗黙の了解のようなことだったのだ。
────いや知らんが……
そういう経緯があるなら事前に看板でもわかりやすく貼っておいて欲しいものだと元男の少女は唸った。ただでさえ情勢に疎いのだから。
「嫌な事は飲んで忘れようぜ!おっちゃんエール追加で!」
「」
今回の件でかなり目立ってしまっただろう。ひっそりとダンジョンに潜るつもりが厄介なことに巻き込まれでもしたらたまったものではない。
そんな事は考えていないであろうアイラはヘラヘラと笑い、すでに5杯目を飲んでいた。
結果的にはアイラの介入でクラウディの疑いも晴れたわけだが、一方的な展開に納得はいかない。かといってどうしようということもないが。
クラウディは目の前に置かれた酒をアイラの方に押しやった。
「依頼の報告もできなかった……」
本来なら依頼達成の報告と、張り出されている依頼の斡旋をしてもらいたかったが、視線が痛くてそれどころではなく、事の事情を聞くと逃げるように出たのだ。
「まあまあ着いたばっかりなんだしゆっくりしようぜ?」
アイラは項垂れる少女の背中をバシバシと叩いた。
「……」
────急ぐ事はない……か
いやそうじゃないんだよなと飲んだくれを睨むクラウディ。
極力目立つ行動はしたくなかったのだ。さっとダンジョンに潜ってサッとアーティファクトを回収する、それを目的としていたのに目立つと行動が制限されてしまう可能性がある。
元の世界に帰るのに出来るだけ急ぎたいと思っていた少女にとって穏便に、迅速に事を進めたかった。
ただそう志してから随分と時間が経ってしまっているので今更急ぐというのも変ではあるが。
────早く会いたいんだ……お前に
クラウディは透明なジョッキに映る自身の仮面に元男の時の姿を重ねた。その背後には金髪の女性が一瞬揺らぐ。しかしそれはすぐに霧散した。
「……」
なんとかその姿を鮮明に思い出そうとして頭痛が襲い、仕方なく首を振って諦める。
響く頭痛に頭を抑え、アイラの言う通り確かにまだアーベル到着初日であり2、3日はゆっくりすべきかとクラウディは開き直ることにした。
忙しなく動くウェイターが近くを通ると食べ物を注文した。これ以上考えると頭痛が酷くなりかねない。
金銭面的にもまだ余裕はあるので、少し街を見て回ろう、ほとぼりが覚めるのを待とうとそう決めた。




