第165話 魔剣士のラゼン
クラウディは坂を下って大通りの方へ戻り、出店を回った。人が多くて時折流されそうになる。
出店自体は一つ一つ違う分野で並んでいたが、一定まで行くとまた同じような出店が続いていた。
何が違うのかははっきり分からないが、値段が多少違うような気がした。同じようなものが並ぶので少しでも優位に立とうと競争しているのだろう。
少女は誰も並んでない出店の一つでアーベルの地図を購入した。他にも飲み物や見たことない食べ物も売ってある。
「坊主。この街は初めてか?」
出店の男店主が地図を広げるクラウディに声をかける。身綺麗な格好とは裏腹に無精髭と無造作な黒髪が特徴な中年男性だ。気だるそうな視線が少女を見つめていた。
「ああ、今日着いたんだ」
「ていうことはダンジョンも行くんだろ?これも買ってってくれよ」
ニコニコと笑う店主は先程買った地図の下にあるグルグルと巻かれた羊皮紙を差し出した。
何かと思って受け取り、広げてみるとどうやらどこかの地図のようだ。規則正しく並んだ正方形の小さなブロックがいくつも並んでいる。
「これは……ダンジョンの地図か」
「そうそう。3階層までだけど」
3枚綴りになっているそれは一セットしかない。クラウディはどうしようかと迷った。他のとこで買う方が安いかもしれないのだ。
「5000ユーンで売ってやるよ。本当なら倍は欲しいけどな」
本当にそうなのかと訝しむクラウディ。詐欺の手でよくあるやつではないだろうか。元々その値段なのにあたかも安く見えるようにする手口だ。
「……じゃあ、それおまけしてくれ」
少女はカウンターの簡易屋根にぶら下げてある飲み物を指差した。
店主は渋って口を尖らせたが、ふと優しい表情になり差し出した。マップと飲み物を受け取った少女は5000ユーンを渡した。
「まいど~。返品は効かないからな」
そんな声を後ろに聞きながらクラウディは今度は冒険者ギルドへと向かった。
地図を見て宿から近いギルドを探し────アーベルの地図は割と正確に作られている────決めるとそこに向かいながら出店を回り昼食と称して食べ歩きをした。
オーク肉の串焼き、パーバードの焼き鳥串、ラビ蹴り肉、スライムの干物などなど。
先程貰った飲み物もレモンベースでサッパリと甘く飲みやすい。
通りは剣や杖を装備しているものが多く、中には獣の耳や尻尾が生えた冒険者もチラチラと見えた。
仕切りに辺りを見渡す小さな仮面の冒険者など誰も気にしないほどおかしな風貌のものも多かった。
フルフェイスアーマ、妙な化粧をしたもの、フードを被ったものなどだ。
当然見知った顔などいないので堂々と田舎者を前面に出していった。
そうこうしているうちに冒険者ギルドへと到着する。
他より一際大きい横長の2階建の建物である。木造で広い外廊下が半周ほどぐるっと囲っている。
2階の屋根の中心には旗が立っており角の丸い肩翼のマークが描かれていた。
クラウディは開け放たれた扉を通って中に入った。
中も広く人は多いが正面の受付にはほとんど人が並んでいない。
受け付けは3箇所ありどれも女性だった。左右の壁には依頼書が多く張り出されていてそこには人がひしめくほどに多かった。
「クエストの達成報告とかしたいんだが……えーと」
少女は真ん中の受け付け嬢に話しかけた。白黒の制服を着た見目麗しい長身の女性だ。
「初めての方ですか?順番がありますのでこれをお持ち下さい」
依頼書を取り出そうとしていると受け付け嬢は木札をカウンターに置いた。32と書かれている、手のひらサイズの札だ。
「1時間くらい待ちますが、その間他の依頼書等見て回ってみては?」
「……了解」
────32番目か……意外といたな
いつものギルドのように人が並んでいないのは整理札で呼ぶためだったらしく、クラウディは言われた通り掲示板へと向かった。
しかし小さい体では人混みを押し除けることはできず、かと言って背伸びしたところで見えなかった。
仕方なく広間の隅に行き呼ばれるまで気配を消して待った。
「おい、見ろよ。Aランクパーティの『ラゼン』だぜ?」
「まじ?今13階層の最前線組か……」
「魔剣士だっけか、かっこいいよなぁ」
待っているとそんな声が近くの冒険者からした。受け付けの方に目をやると薄青の外套を纏った背の高い人物が受付の女性と話していた。足元にシルバーの鎧が覗いている。
残念ながら顔はヘルムを被っているのでわからない。声からして男ではあるだろうが。
彼は札は貰わずそのまま依頼書を渡して報酬を受け取っていた。
ランクが高いと順番も優先されるのだろうか。
────まあ、俺自身はCランクだしな……
パーティ的にはAなので自分も順番が優先されないだろうかと首を傾げる少女。
羨ましいと思いながらAランク冒険者を見ていたが、魔剣士は動きをピタリと止めるといつのまにかクラウディの正面に来ていた。青白い炎が揺らめく移動痕らしきものが地面に残っている。
あまりのことに少女は動くことができなかった。




