第164話 アーベル
地下ダンジョンの街アーベルは干ばつ地帯にあるにも関わらず人通りが多かった。
本通りの道端は10mくらいあり荷馬車が2台並んでも余裕があるほどだ。
建物は岩を切り出してそのまま利用したものもあれば新たにレンガで造ったものも多い。
色合いは基本的に明るくくすんだ薄茶色である。さながら元男の世界でいう『砂漠の街』というイメージだ。
店も飲食店や宿屋など多くあるようだった。
「さて……」
カイザックは何故か荷馬車を止めると少女に替わるように言い、手綱を渡すと地面に降りた。
「じゃあ俺はあそ……ギルドに行ってくる」
「あ!おい!」
彼は少女が止める間もなく足早に路地に入るとどこかへと消えてしまった。
ハッとして後ろを振り返るとアイラが抜き足で何処かへ行こうとしているところだった。
そうはさせるかとクラウディはナイフを取り出した。
クラウディとアイラは取り敢えず先に馬を置くため、厩舎を見つけるたびに荷車ごと置かせてくれそうなところを見てまわっていた。
「この先の厩舎で預かってくれるらしい。行くぞ」
「へーい……」
クラウディは通行人に聞いたあと馬を引く気だるそうなアイラに声をかけた。彼女はカイザックに続いて抜け出そうとしたがそうはいかない。手綱を持たせていたらそうそう逃げようとは思わないだろう。
2人は人通りの中、坂を登って目的の厩舎へと向かった。
厩舎は坂の縁にあり、臭いが獣臭い。端が崖のようになっているので柵が高く設置してある。
近くまで行くと汚れたつなぎ服を着た調教師が出てきた。身体の細い青年だ。
「いらっしゃいませ!馬をお預けですか?」
「ああ、頼む」
「いつまででしょうか?1日なら1000ユーン、1週間なら5000ユーン。1ヶ月で18000ユーンとなっております」
手揉みをしながらニコニコと笑う青年。続けてこだわりや希望の世話方法あるかなど話し合い、クラウディは1ヶ月を希望して2万ユーンを払った。お釣りは受け取らずチップのように渡した。
「大切に扱って欲しい」
「かしこまりました!それでは良い1ヶ月を!」
手綱を調教師に渡すと馬が厩舎へと連れられていく。無理な旅に付き合わせてしまったのでこれで少しは回復すればいいがと願う少女。
「じゃあクロー!私はこれで……」
手が空くとさっさと何処かへ行こうとするアイラ。
「まて」
しかしそうはいかない。クラウディは彼女の肩を掴んだ。
「次は宿屋だ」
宿はどこが良いか分からないし、いつも取り損なうので厩舎近くの所にした。やや人気のない場所だが小高い場所なので見通しも良い。名前は『ランプリンク』という木造の宿だ。ちなみにこのまま坂を登っていくと領主の屋敷に着くらしい。
宿に入ると、ロビーは広く食事処とは別となっているようだ。そのまま進んでカウンターにいる店主に声をかける。すでに鍵を用意しておりカウンターの上に置いてあるのが目に入った。空いてはいるようで安心する。
「角部屋がいい。2人部屋で」
「おや、カップルでしたか……では角の方がよろしいですね。そちらの別嬪さんは特にいるものとかないですか?」
先出していた鍵をしまい別の鍵を取り出す店主。
「私か?いや別に……寝るとこがありゃ納屋でもいいぜ?」
納屋に泊まったこともある元男の少女は同じ考えではあるが、流石に金があるのだからそれはないだろうと首を振った。まして一応Aランクパーティなのだから。
「カイザックは良かったのかよ?」
「知らん。1人でよろしくするだろ」
珍しく心配する女戦士に首を傾げるが、カイザックは心配するだけ無駄だろう。
「風呂はあるか?」
そんなことよりと店主に口を開く少女。
「追加料金で部屋に設置しましょうか?少し高いですが。やはり夜は綺麗でシたいでしょう」
「……?よくわからんが頼む」
「では5階の角をお使いください。こちらの鍵を────風呂は今からおつけしたのでよろしいですか?」
「それで」
宿の料金はまとめて払う方が安いので1ヶ月分を払った。締めて10万ユーン。食事はつけてもらうと安くなるがおそらく頻繁には帰ってこないだろうということで別にした。
2人は鍵を受け取ると早速部屋へと向かった。
螺旋階段を登っていき最上階へ来ると奥の部屋へと向かう。
「おおー広いじゃん!」
ドアを開けて入ると木の香りがし、清潔なのがわかる。大きな窓が2つあり、片方から日が差していた。
1番手前に大きな丸テーブルが置かれ、椅子が2脚。鏡付きのドレッサーが部屋の隅にあり、反対の隅にはベッドが2つ並んでいた。
入って左手前の奥には机。右手前角には荷物置きがある。
2人は荷物を解き、ベッドに腰掛けた。
少しして誰かがドアをノックし、女性店員が魔法で風呂台を浮かせて持ってきたようで、中に入ってもらうと窓の近くに設置し、仕切りも置くと退出した。
「一緒に入ろうぜ!」
アイラが嬉々として少女の腕を引っ張る。クラウディはまあいいかと服を脱ぐと湯を溜めながら女戦士と一緒に入った。
風呂の仕組みはベルフルーシュのものと対して差はない。ただ少し狭いので必然的に2人は距離が近くなった。
「最近カイザックとはどうなんだよ、クロー」
「どうって何が?」
アイラはクラウディの後ろから抱きついて前に腕を回した。
「わかるだろ?寝るのずっと一緒じゃん?そういうことしてんのかなって」
彼女は当たり前のように少女の胸を触りながら耳元で声を出す。クラウディも背中に当たる柔らかいものに意識を向けないよう別のことを考えようと集中した。
「ないない。カイザックは俺には興味ないだろ」
「えー?まじ?あの女たらしが?こんなおっぱいの前で大人しくしてんの?」
実際は胸くらいは触られるが、言わないでおく。
────実際どこまで本気だったんだろうな
いつかエルフの森で引き倒された出来事を思い返してそう思う少女。もしアルディシエが来なかったら一線を超えていたのだろうか。
「へー意外……」
「アイラはカイザックと何かあったのか?昔とか」
「…………」
────あ、地雷だったか
特に気にせず2人の関係を聞いて黙ってしまった戦士に不味かったなと頬を掻いた。お互いを知っているようだったし、会話も最初から慣れたようなものを感じていた少女はなんとなくだが予想はしている。
「いいんだよ私らのことは……あいつと上手くやってるならいいや。てっきりパコってんのかと期待してしまったぜ」
「ぱ、パコ……期待するな!」
彼女は笑い、少し肩まで浸かると風呂を上がった。着替え終わる頃にクラウディも上がり、身体を拭くと男装した。
サッパリした2人は簡単な荷物を持つと外に出た。
「クロー酒場行こうぜ酒場!酒酒!」
「行ってきて良い。程々にな」
「ええ?一緒に行こうぜー?」
「酒は飲めない」
なおも食い下がるアイラに行くとこがあることを伝えると彼女は残念そうに舌打ちしながら酒場へ1人で向かって行った。




