第162話 干ばつを抜けて
カイザックの話によれば、血の結晶の鎧を纏ったプラバーダに遭遇した場合は逃げるのが鉄則らしい。何故なら相手は戦うために武装するのではなく、天敵から逃げるために武装するからだ。つまりあのプラバーダは巨大蛇から逃げている最中だったのだ。
それもアイラとクラウディが誤って倒してしまったため、上位種から逃げるために少し馬に無理を強いざるを得なかった。
アーベルの街であろう影が見えた頃に一行は野営する事にした。本当であれば街に入りたかったが馬の体力消費が激しく休むことを余儀なくされたのだ。
日が暮れる前にテントを張り、気温が下がり切る前に雨のスクロールを使用して水を確保する。そのついでにそれぞれは汚れた体を綺麗にしたりした。
「馬、大丈夫か?」
カイザックが馬の様子を見てくれており、クラウディが側に行くと頷いた。馬は汗を大量にかいており息が上がって元気がないように見える。
「本来ならこの地に適した動物を選ぶのが良かったがな……まあ街まではもつだろう」
「もつって……もうこいつはダメなのか?」
「ダメって事はないがこれ以上無理させると死ぬぞ」
少女は馬の横顔を撫でた。馬は小さくいななき鼻面を手に押し当てる。
馬に少し愛着が沸いており、別れるのは嫌だった。1ヶ月共に過ごした仲間であり戦友なのだ。
「まあアーベルで休ませてどうなるかだな」
馬を撫でるクラウディを見てカイザックはそう言った。取り敢えず自分達も休まなければならずテントの方へ戻った。
それから晩飯を適当に済ませ、前回と同じ順番で見張りをすることになった。
スライムの見張りがあるのに、何故かカイザックはアイラには伝えないよう少女に告げた。今日は使わないとか。
気温が下がる中、アイラの見張り番が終わり、クラウディの番になる。起こされた少女はやはりホットポーションでは少ししか眠れず。
外のコンロで暖まるため出ようとするとカイザックが起きており、後ろから抱き寄せられる。冷え切った身体が温められた。
「おい、見張り……」
「スライム出しとけ」
「使わないんじゃなかったのか?」
「気が変わった。いいから出せよ」
クラウディは言われるまま再び見張りとしてスライムにカイザックの姿を真似るよう命令し、姿を模すと見張りを指示する。
本来ならもっと休めるはずのアイラには悪いなと思いながら偽物カイザックを見届ける。
『生命石』には再び彼がマナを込めてくれ、そのまま放った。
「ぞんざいに扱うな!」
テントの端に転がっていく石を取ろうとするがカイザックはそんな少女の腕を取り、脇から抱えると胸に抱いた。
「……寒くないか?」
暖かい毛布を一緒に被り耳元で囁く。少女が小さく頷くと足を絡めた。
「な、なあ……こんなにひっつく必要あるか?」
カイザックの足がクラウディの下衣の裾をめくって地肌を触るのが気持ち悪い。
「布団だけ寄越せって?俺様の気遣いを無下にするのか?」
「そこまで言ってないだろ……」
────そうは思ってるが
そんなことを思っていると彼は何を思ったか、横になる少女に跨り、腕を取ると仰向けにさせた。
少女の背中に腕を回して胸に顔を埋める。
「??」
何がしたいのか困惑していると胸サポーターの紐を口で引っ張り外した。
「ややめろっ」
カイザックは少女の露わになった胸に顔を埋めると深呼吸するように匂いを嗅いだ。妖艶な上目が視界に入り心臓が早鐘を打つ。
「今……お前は石もないからただの雌になってるわけだが」
「……」
言われて確かにこの状態で何かされるとほぼ抵抗は出来ないだろう。鍛えていると言ってもカイザック自身も鍛えられた筋肉を持っておりとても力では敵わない。
「……変なことするなよ?」
「変なことって例えば?」
少女が言うとカイザックは舌を覗かせ、いやらしく動かす。それを見て元男の少女は胸が熱くなるのを感じ、逃れるように男の肩を掴んだ。
しかし彼も少女の肩を脇の下から掴んで固定すると正面に顔をもってきた。
お互い吐息がかかるほどに近い。
「……キスしろよ」
「?!っむ、無理無理」
────男とそんなことできるか!
「た、タバコはちょっと……!」
「嫌か?今日は吸ってないんだがな」
カイザックはさらに顔を近づける。確かにタバコの臭いはせず、口内から甘い匂いがした。少しでも口を尖らせようものなら触れてしまうほどの距離。
近づく顔にクラウディはぎゅっと目を閉じ身構えた。
しかしいつまでも来ないので薄目を開けるとニヤニヤと笑みを浮かべる男が見下ろしていた。
顔が熱くなるのを感じ、顔を背ける。
「面白いなお前」
カイザックはそう言って笑うと少女の身体を解放し、背中に回った。
「もう寝る」
少女はそっぽを向き毛布にくるまった。
「期待してたのか?」
少女に言いながら腕を回すカイザック。元男の少女は腹が立ち何も答えず目を閉じた。弄ばれたことに腹が立ったのではなく、言い知れぬ自分の何かに腹が立ったのだ。
────期待した?俺が?そんなバカな……
元男の少女は変な気持ちを振り払うように頭を振ると何も考えないように頭の中で数を数え出した。
時折動く背後の男やその腕の感触を締め出すように。
翌朝、一行は日が上ると同時に出発した。
アーベルは目と鼻の先にあり、街の形も見えてきた。
「あまり暑くねーからいいかぁ」
徐々に気温が上がっていてクールポーションを取り出すアイラだったが、ふと手を止めた。
「確かに……ポーションはもういいかもな」
クラウディも気候の変化に気づき辺りを見渡した。
見えるアーベルの街は熱で揺らいだりはしていない。
「アーベルには気候を操るアーティファクトがあるからな。暑くはない」
御者を務めるカイザックが会話に入る。
「じゃあもしさ、そのアーティファクトを奪うとどうなるんだ?」
アイラが尋ねる。
「持ち出して遠くに行くと街の気候は崩れるだろうな。すぐには崩れないだろうが住みづらくなる。ただ盗んだお頭の弱い女戦士は一生追われて奴隷行きだな」
「それ私のことか?」
「ん?他にいるか?」
クラウディは言い合いを始める2人の肩越しに街を見た。
塀はなく野晒しな街のイメージを受ける。そこここに緑はあるが多くはない。元世界でいう砂漠の街並みという感じだ。中央辺りが緑はないが山のようになっている。
一行はそのまま進みいくらか別の荷馬車や冒険者パーティとすれ違いながらアーベル街外れに到着した。
塀や門はないが、街への入り口はあった。そこには検兵が何人かおり、人が並んでいるのが見える。
一行はその最後尾に並んだ。すぐ後ろにも他の人が並ぶ。
順番待ちしていると幾らかの人が所持品の件で弾かれているのが見える。
「違法薬物と、密売か……バカだな」
何を揉めているのかと眺めているとカイザックが呟いた。どこの世界にもそういった輩はいるのだろう。
それから小一時間してクラウディたちの番になり、荷物を確認された。そしてギルドカードを渡すと『無職』を確認した検問兵に可哀想にと呟きながら返却される。
────ダンジョンなら尚更か……
より多くの冒険者がいるであろう街だ。『無職』には本来なら無縁の場所のはずなのだ。その程度の弊害で入らない選択肢は少女にらないが。
それから一行は1人1000ユーンの3000ユーンを払って中に入った。
────ついにアーベルに着いたな




