第161話 干ばつ地帯での戦闘
翌日────
クラウディはカイザックに突かれて起こされた。といっても起こしに来たのは彼に変身したスライムだが。
スライムには向かってくる生き物がいたら知らせることと日が昇り始めたら起こしに来るよう命令していた。前者の行動はすることなく夜が明けたようだ。
クラウディは起き上がるとボリボリと頭を掻いて眠たい目を擦った。いつの間にか眠っていたようだ。
立ちあがろうとすると身体に巻きつくカイザックの腕が邪魔をする。
────離れろ!
引き剥がして投げるように捨てる。
反動に彼は唸ったが起きなかった。
少女ははだけた服を直し外に出ると顔を洗いに池に向かった。外の気温はちょうど良いが、これから暑くなっていくだろう。
池は澄んでいたが夜より少なくなっている感じがした。相変わらず生き物の姿はない。
顔を洗ってさっぱりするとアイラを起こしに行く。
彼女はテントの真ん中で大の字になっており、深く眠っていたのか起こすのに時間がかかった。少し酒の匂いがする。
「ふぁぁ……クローもう出発かー?」
「ああ気温がマシなうちに少しでも進む」
馬の様子を見ながらクラウディは言い、問題なさそうなので、昨日の残りのシチューをパンと一緒に朝食として用意するとカイザックも起こした。
「今日中に着くか?」
「……微妙だな。何もなければ着くだろうが……」
気怠そうにパンにシチューを浸して食べるカイザック。アイラの方は相変わらず元気でおかわりまでする。
一行は食事が済むと野営を片付けて出発した。
相変わらずひび割れた大地が続く。時折枯れ木や固まっている草花がありそこで何度か休憩する。
昼頃には気温が急に上昇し、クーラーポーションを全員飲んだ。馬の方は効き目が長いのか一回与えると3倍は長続きしているようだった。
順調に歩が進み、このまま行けばアーベルについたであろうがそうは行かず、頭の禿げた大きな鳥の群れに遭遇してしまった。
最初に気づいたのは御者を務めていたクラウディで、上空からの殺気に反応し、馬を狙って急降下する鳥に剣を抜いて斬りつけた。
「狙われてるぞ!」
仲間にそう警告し、再度攻撃してくる大きな鳥の首を斬り落とした。肉質は柔らかい。
馬を止めて上を見ると5匹ほど上空を旋回していた。鳥は大きさは羽を広げると2m。体長は1m50と言うところだろう。羽は灰色である。
「パーバードだな」
カイザックが死体を見て呟く。
「降りてこいや!うざってーな!」
脅威ではないがこのままついてこられたら面倒だ。クラウディは魔法で仕留めようと手をかざした。イメージは落雷。
「まあ待て」
カイザックがマナの動きを感じて手で制する。続けて『雨のスクロール』は持っているかと尋ねた。
少女は5つ買っていることを伝えると使用するよう指示される。
インベントリから巻物のようなものを取り出して広げた。
「…………ん?これどうやって使うんだ?」
広げたままフリーズする少女。スクロールには魔法陣らしきものが書いてあるがてっきり開けば勝手に発動するものと思っていた。しかし反応がないので他の使用方法がわからない。
「掲げろ」
スクロールを見つめる少女にカイザックが言い、魔法陣側を上空に掲げると一瞬光った。
すると鳥の上に灰色の雲が出てきて極小範囲に雨が降り始める。
「パーバードは他の鳥より身体が軽くて羽が水を吸いやすい。雨の日は絶対に飛ばないが……落ちてくるぞ、狩り取れ!」
カイザックの言う通りパーバードが飛行状態を保てなくなり次々に落ちてくる。クラウディとアイラは武器を構えて落ちてきた敵の息の根を止めた。
────確か、こいつらの肉は美味いって言ってたな
終わって武器を納めるとクラウディは下に降りて雨の降る中解体を始めた。血抜きも同時にできてちょうど良い。しかしそれを見る2人は若干引き気味で手伝ってはくれなかった。
部位の解体はいまいちわからないが、食べれそうなところだけ剥ぎ取って布に包んでインベントリに入れる作業を1時間ほど行うと雨は止んで陽が照った。
────使えるな……雨のスクロール
一行は再び荷馬車を進めた。が、不運は続き、大きくひび割れた地面を迂回しているとその隙間から大きな巨体が姿を現した。
体長5mはあろうかと言う巨大トカゲだ。おそらくプラバーダというモンスターだろう。
情報と違い、全身に血の鎧のようなものが張り付いている。
「どうするクロー!?」
「馬を走らせて振り切れないか!?」
御者はアイラに変わっており、クラウディは馬の足なら振り切れるだろうと踏んでいた。
しかし襲歩は荷車を繋いでない状態しか見てなかったので現状で使うと思った以上に遅い。トカゲの引っ掻きを躱して上手く脇を抜けたはいいが簡単に追いつかれてしまった。
「どうするカイザック?!」
「逃げ一択と言いたいが、こうなったら戦うしかないだろ……」
何か便利アイテムでも期待したが単純な返答しか返ってこず。仕方なくクラウディは剣を抜くとすぐ後ろのトカゲの頭に飛び乗った。
着地する時に結晶を踏んでパリンと砕ける音がする。
案外脆いものかと期待したがそうではなく、無造作に作られた鎧は単に薄いところと硬いところがまばらだっただけだった。
剣で斬りつけても簡単に弾かれる。
アイラを呼ぼうとした時にトカゲが自身の頭上の生き物にようやく気づき、その場で激しく頭を振った。
結晶はツルツルしており少女は振り落とされてしまう。
地面に着地するとトカゲの目が向き、口をガパリと開けて襲いかかった。
範囲の広い攻撃に慌てて飛び退くと土が抉られる。敵は土を咀嚼して、食べられないとわかったのか吐き出すと今度は体に開いた噴出口から真っ赤な液体を飛ばしてきた。
液体が空中で凝固して結晶となる。一直線上で飛んでくるその攻撃を左右に避けなんとか回り込もうとする少女。
しかし敵は素早く動く標的に口を向ける再びと突進してくる。
────くそ、キリがない
そう思いながら再び飛びのこうとした時、トカゲの頭上に大斧が叩き込まれた。頭を覆っていた水晶が砕け散る。
アイラが加勢しにしてきてくれたようで続けて敵の頭に降り立った。そして斧を持ち上げると細腕の筋肉を隆起させる。
「『力溜め』────『破断』!」
彼女がそうスキルを使い大斧を頭に叩き込むと刃が半分ほど減り込み、額が割れて大量の血飛沫が舞った。
プラバーダは口をガバリと開けたまま地面に倒れ痙攣するとそのまま動かなくなった。
「囮サンキュー!」
Aランク戦士が斧を抜いて地面に飛び降りた。
「流石……俺いらなかったな」
「クローが惹きつけてなけりゃこんな上手く行かねーって」
アイラは笑いながら少女の肩を叩いた。
「どうするこいつ?剥ぎ取んの?」
彼女がプラバーダの結晶に触りバキンと砕いて手に取った。少女は剥ぎ取るには流石に硬いし大き過ぎるので、どうすべきか頭を掻いた。
カイザックに聞いてみるかと踵を返すとちょうど馬を走らせて向かってくるのが見えた。
「乗れ!早く!」
切羽詰まった声で叫ぶ彼は仕切りに後ろを確認する。
2人が言われるまま飛び乗ると、地響きがし先程プラバーダが出て来た、割れた地面からさらに巨大な何かが飛び出てくる。
「うおぉお!?なんだありゃ?!」
それはプラバーダよりもさらに大きな蛇だった。
「グラドラークだ!逃げるぞ!」
グラドラークと呼ばれる巨大な蛇は追ってくるかと思ったが、ガバリと大きな口を開け死体のプラバーダに頭からかぶりついた。
その様子を離れながら呆然と眺める一行。
「勿体ねーな……あのトカゲいい金になったんじゃねーの?宝石とか」
やがて手に持つ結晶を見ながら残念そうに呟くアイラ。
「やろうと思うなよ筋肉女。Sランクに近いモンスターだあれは」
馬に鞭を打ちながらカイザックが言う。トカゲは徐々に飲み込まれていっており、丸呑みされるだろう。
流石にそれを見た一行は挑む気にはなれなかった。




