第159話 干ばつ地帯②
地面が徐々にひび割れていき、谷を抜けて干ばつ地帯へと入った。そこで今度はクラウディが御者を交代する。
荷馬車は時折隆起した地面に跳ねるので御者は注意して馬を操らねばならず、歩みもいつもより遅い。
「カイザックすげー汗だけど、そろそろポーション飲んだ方がよくねーか?」
30分程経ってアイラがカイザックの様子を見て言った。
少女もチラリと見てみると汗をかいていつものシャツはぐっしょりと濡れていた。本来なら脱水症状を起こしていてもおかしくはないが、本人は特に顔色は変わっておらず、余計なお世話だと鼻で笑った。
「アーベルまでどのくらいだ?イマイチ距離がわからない」
クラウディは荷車の2人に声をかけた。町らしきものはまだ見えず、枯れた風景は揺らいで見える。
「このペースならあと2日かかるな」
馬と荷車の速度を見ながら情報屋が答えた。
そしてクールポーションを飲んでから1時間が経ったのだろう、周囲の体感温度が上昇し、一気に汗が噴き出る。
しかも服が割と厚手で、仮面もかぶっているので余計暑い。喉はまだ乾いていないので連続して飲むのもきつかった。
後ろの戦士も同じようで呻く声が聞こえた。
干ばつ地帯の温度は体感では40℃くらいだろうか。砂漠よりは多分マシなはずで、耐えれないことはない。
「クロー。さすがにその服きつくねーか?見てるこっちも暑いぜ……」
荷車からそんな悲痛な声が上がる。少女は仕方なく仮面は取って、上は脱いで胸のサポーターのみとなる。
「ヒュー♫」
どちらかわからないが口笛が聞こえた。
────失敗したな……クールポーションが全然足りない
1本飲んだのであと4本しかないポーション。2時間ごとに飲んだとしてもこの調子ではすぐになくなるだろう。
本当にキツくなった時だけ服用しなければならない。
変わり映えしない風景と足元をよく見ながら馬を気遣い出来るだけなだらかな地面を進んでいく。
そして日が沈み始め、カイザックに馬の手綱が渡る頃、急激に気温が下がり出す。
クラウディは服を着直したがそれでもかなり寒かった。そして日が暮れると0℃までは行かないが吐く息が白くなった。気温は10℃は切っているだろう。
「ここで野営するぞ」
「?まだ早くないか?」
「いや、ちょうどいい所だ。運がいい」
カイザックの柔らかい口調を聞いて前を見ると小さいが草木が生えているところがあり、その中に池が広がっていた。
────オアシスってやつか
見て回りたいが、あいにく寒過ぎてそれどころではない。
一行は野営の準備をした。テントを立てるが手がかじかんでしまい流石にホットポーションを飲んだ。
ホットの方は生姜ベースの甘い、炭酸を抜いたジンジャーエールのような味がした。
身体の内側から温まり寒さは全く消える。
馬にもポーションを飲ませる。
それから少女は手早くテントを立てるとカイザックに料理を作るからと、やや強引に下ごしらえを説明して任せ、湖に水を汲みに行くと言って離れた。
その際に水浴びのために着替えを持っていくのを忘れない。
池は10mくらいの広さで水深は2mないだろう。月明かりに照らされてそこが見える程綺麗である。見た限りでは生き物の姿はない。
少女は服を脱ぐと迷いなく水に入った。本来ならキンキンに冷えているのだろうが、ポーションを飲んでいるのでひんやりとする程度だ。
ゆっくりとしたいがカイザックとアイラを待たせているので手早く身体と服を洗い、服を着替えて水を汲むとサッサと野営地に戻った。
カイザックはすでに下ごしらえは済ませ魔法のコンロで火に当たっていた。それを巡って並ぶアイラと小突きあっている。
「悪いな。水汲んできた」
「腹減ったぜクロー、今日の飯何?」
寒いからシチューだというと彼女は喜んだ。肉多めでと催促する。
クラウディはチラリと綺麗な下ごしらえを見て驚く。
────さすがカイザック……器用だな
コンロに鍋を置いて材料をぶち込んで煮込むこと30分。シチューを作り終わる頃にはホットポーションの効果は消えてかなり寒くなった。
震える身体に暖かいシチューはかなり効果的で温まる。
「見張りはどうする?モンスターは今のところ見てないが」
「私1番がいい!」
手を上げる女戦士。カイザックは何も言わずシチューを食べている。
「じゃあ、アイラ、俺、カイザックでいいか?」
おそらくカイザックはアイラを起こすのも起こされるのも嫌なはずで必然的に順番が決まる。
「意義なし!」
「了解、リーダー」
それから明日の予定を軽く打ち合わせ、食事が済むとカイザックはタバコを吸いに行くと何処かへ消え、しばらくして戻ってくるとサッサとテントに入って行った。
「大丈夫か?寒いんだろ?めっちゃ震えてるけど」
アイラがコンロの火に当たる少女を心配していう。
「お前はなんでそんな元気なんだ?ポーション飲んだのか?」
反対に全く寒さを感じていなさそうな戦士に訝しの目を向けた。こころなしか体を薄い膜が覆っているように見える。
「ほら、私はスキルがあるから」
「は?体を温めるスキルがあるのか?」
「『金剛』スキルは熱に強いんだ」
────なるほど
便利なスキルだと恨めしく思う少女。『生命石』で同じことができなくはないが流石に勿体無い。
彼女はそうだとクラウディの隣に座ると自身のインベントリから何かを取り出した。
「じゃん!どうだ?一緒に飲まね?」
少しお高そうな印が彫ってある酒瓶だった。『ライムクラネル』と名前が見えた。
「俺、酒飲めないぞ」
「あ、そか……残念。身体あったまるのになぁ」
少女が言うと思い出したかのように肩を落とすアイラ。
「仕方ねー。また今度にするか。酔落ちしたら見張りできねーし」
「……悪いな」
「あ、そうだ。なら、ほい!おいで!あっためてやるよ」
アイラは今度は両手を広げて見せる。
「おぉ…………いや、冷たい」
スキルで暖かくなっているものと思っていた少女は軽く手に触れてみたが多少暖かいくらいで足しにもならない。
え、まじ?とあちこち自分で触って確認するがよくわからないのだろう、アイラは最終的に首を傾げた。
一際風が強く吹いて身震いした少女は先に休むと言ってテントに入った。
テントの中は外よりは風がない分マシだった。
カイザックは背中を向け、早々に眠っているのか寝息が聞こえる。
少女は寝袋を敷くとサッと飛び込むように入った。
しかし寒い。
目を閉じて休もうとしても冷気が寝袋を貫通しとても眠れない。
仕方なくホットポーションを飲むと身体が温まりだす。
安心して再び目を閉じるとすぐに眠りに落ちて行った。




