第15話 風呂事情
「え、空きがない?」
クラウディは陽が沈む直前まで食事所へ行ったり、道具屋へ行ったりしていた。飲めば傷が治るというポーション(品質は低)を幾らかと安い薬草を2束。包帯も買った。あとは景観を眺めたり、ポツポツとある出店を一つ一つ回ったのだった。
「坊主よ、宿を取るなら昼までには取りに来にゃ。今日はこの街に来るやからが多かったろ?もう空きなんかねーよ」
宿を取ろうと他3軒回ったがどこも満室でここが最後であった。
やれやれと外に出るとすっかり暗くなり、空には月が二つ登っていた。
────野宿か……補導とかされないよな?
日本では道端で勝手に寝ようものなら警察に補導されるか、不審者扱いを受けるとかなり面倒なことになる。
どこが良いか探しに足を動かした時に先程のスキンヘッドの店主がドアを開けた。
「あー……納屋なら空いてるぜ?格安にしとくが」
一瞬、部屋が空いていたのかと期待したが違う言葉で少女は呻いた。
「やめとくか?」
「いや泊まる」
店主はすぐに少女を納屋へ案内すると、足早に戻って言った。もし空きができたら呼びにきてくれるとの事。それまで自由に使って良いそうだ。値段は1泊200ユーン。破格ではあった。
納屋は掃除道具やら木箱やらが無造作に置かれていたが、休むスペースは十分にあった。
クラウディは荷物を置くと早速寝袋を広げて中に入ろうとした。が、ふと自分の身体が臭う事に気づいて躊躇う。
────あれ、最後に身体洗ったのいつだっけ?
「せんとう?なんだそれは」
この世界には銭湯はないのだろう。それか別の言葉か。店主は知らないようだった。
「風呂だ。風呂はないか?」
「風呂か……王都とかもっとデカい街なら綺麗で備え付けがあるだろうが……それか貴族様ならな。ここらへんにあるのはあそこの湯浴び場くらいしかないな」
「それそれ!まだやってるか?」
「あれはずっと開いてるよ。けどこの時間は多いから少し時間をズラすのをすすめる」
正直まだ寒い中で湿らした布で拭くのはきついし、数日放置した汚れがそれで取れるとは思わない。このままでは気になって眠れないだろうし、せっかくなら全身湯に浸かりたかった。
少女は店主に道を教えてもらうと早速準備をした。最低限の荷物だけ持ち、インベントリや他の荷物は木箱を移動させて隅の方に隠すように置いた。
────風呂、風呂……
店主のアドバイス通り少し時間をずらして向かった。
湯浴び場までの道は迷う事なく10分も歩けばついた。彩りはないが、サーカスで使う大きなテントのような形で、中から湯気が漏れている。
クラウディは早速中へ入った。
「おや、可愛い子が来たね。1人かい?」
クラウディは入ってすぐそばの番台にいる年老いた老婆の店員に500ユーン払うと頷いて中へ進んだ。
中は深さ約1m直径10mほどの大きな桶が中心に置いてあるだけだった。当然ながら石鹸やシャンプーといったアメニティーはない。
そして脱衣所というものも見当たらず、老婆に聞くと適当な所で勝手に脱いで入るらしい。
────敷物持ってきてないぞ……
綺麗な衣服が汚れるのは嫌だったが、仕方なく地面に置いた。
運良く人がいないようで脱衣も抵抗はない。上と下を脱ぎ、サラシもとった。
────この胸……
元男が邪魔だなと少女の胸をつつくとゆらゆらと揺れた。
少女は布で前を隠しながら、再度辺りを見回して誰もいないこと確認する。そして掛け湯し、フロレンスから石鹸を貰っていたのでそれを使ってさっと髪と体を洗い、湯に浸かった。
「ふぅ……」
気持ちの良さに吐息が漏れる。熱すぎずぬるすぎずちょうど良い温度だった。
少女はフロレンスの所では毎回風呂に入ることができたが、今後は頻繁は入れないだろう。今のうちに長風呂しとかないとと首元まで浸かった。すると丸いものが二つ浮かんでくる。
「うーん……」
元男は初めは自分の身体に戸惑っていたがさすがに数ヶ月も見ていると慣れてきてはいた。が、いちいちサラシを巻くのも面倒で胸を取りたいという気持ちは変わらなかった。
女性は胸が大きいだとか小さいだとか気にするようだが、少女にとっては邪魔なものでしかなかったのだ。
────重心がズレるし重いし……肩凝るし
肩を揉みながら首を鳴らす。
小一時間入っていただろうか、彼女はついでに汚れた服も手揉みして洗い、もう一度自分の身体を洗っていると向かってくる人の気配がし、慌てて大桶の裏へ隠れた。
「あー疲れた疲れた早く入ろうぜ」
「……あのスライムはやめよって……たく」
太い声からして男性が2人。
────ここ混浴かよ
少女は聞いてないぞと大桶の影から様子を伺った。服を脱いだ全裸の男たちが手拭いを振り回しながら談笑している。
「ん?誰かいるっぽいぞ」
うち1人が置いてある少女の衣服と荷物に気づいた。
「うお、女じゃねーか?ラッキー」
────げ、触んなよ……
もう1人が少女の荷物を探り、服を拾ったかと思えば突然それを自分の顔に押し当てた。
「あぁ、メスだ、メスの匂いがするぜおい」
その様子を見てクラウディの背筋に悪寒が走った。こういった行為を目にするなど思ってもみなかった。
男たちは荷物には手を出さずそのまま放ると大桶の中に入った。ザバザバと動き回る音が聞こえる。
少女は音が近づいてきた所で隙を見て抜け出し荷物を拾うと、仕切りの反対側で急いで服を着た。外からは丸見えだったがこの時間は番台の老婆以外は見当たらなかった。番台の老婆には誰か来たら知らせて欲しかったが、自分が男装しているのでそうは言ってられない。事前に教えてくれるよう言っておくべきだったと反省する。
「あれ、いねーな」
男たちの気配を感じながら、少女は手早く荷物をまとめるとそそくさと出ていった。
────嫌なもの見たな、最悪の気分だ
納屋へ戻ってくると隠した荷物がちゃんとあるのを確認し、木箱に洗った服を広げて載せた。
小腹が空いたので荷物からパンと干し肉を取り出して腹に収めると寝袋に潜り込んだ。
潜り込んだ際に自分の匂いを嗅いでみる。
────メスの匂いってどんな匂いだよ……
少女は男たちが興奮していた様を思い出して自分でも匂ってみたがよくわからなかった。
────明日はギルドへ行って、依頼を受けて金を稼いで……
少女は色々考えているうちに眠りに落ちた。




