第146話 歓迎の儀①
「あ、金渡すの忘れた……」
アルディシエから貰った報酬を分配しており、彼に渡すのをすっかり忘れてしまったが、またでいいかと頭を掻いた。
外は暗くなって来ており、下では何やらエルフたちが忙しなく動き回っていた。何かあったのだろうか。
暗くてよく見えないので、部屋へ戻らず大木の下まで行くと辺りを見渡した。
細長いテーブルやら花飾りやらが並べられているのが目に入った。何かお祝い事か、祭りかだろうか。悪いことがあったわけではないようだ。
昨日は葬儀があったと聞いていたが、エルフという種族はあんな事件があったのに呑気な種族だったのかと首を傾げた。
クラウディは通りかかる男性エルフに声をかけた。エルフは顔立ちが良過ぎて誰が誰だか分かりづらい。
「ん?これは精霊に愛されしものよ。どうかしましたか?」
うやうやしく腰を曲げる男性エルフ。何か食材を運ぶ途中のようで手に籠を抱えている。
「これは何かの祭りか何かか?」
「おや、聞いてませんでしたか?客人が揃ったので明日は歓迎の儀を行うのですよ」
「歓迎の儀?俺たちの?」
エルフは頷き、何か言おうとしたが、誰かに呼ばれてすぐにどこかへ行ってしまった。
────歓迎?
いきなり牢屋にぶち込まれたがと皮肉を頭の中で呟く。
少しの間眺めていたが、準備段階のところをあまり見るものではないかと部屋に戻った。
部屋に戻るとアイラが酒を飲んでいるのが目に入る。
すでに2本酒瓶が転がり、皮膚も若干赤みを帯びていた。
「アイラ明日歓迎の儀とやらがあるらしいんだが」
「まじ?祭り?どうりでなんか下でわらわらしてると思ったぜ」
言いながら瓶に口をつけて酒を煽る。
「行かないといけないだろうし、酒はほどほどにしといた方がいい」
「へーい」
クラウディはアイラを風呂に誘ったが、後で入ると言うので1人で風呂場へと向かった。
女性用の風呂場は今回は人が多く、クラウディは脱衣所で服を脱ぐと視線を逸らしながら端の方で体を綺麗にして大風呂へ浸かった。
「あれ、クロー様?」
くつろいでいると呼ぶ声がして後ろを振り返るとリリウィスが立っていた。
リリウィスはエルフの中でも小柄だった。少女よりも小さい。
髪は肩まであり、金色でふんわりと広がっている。
彼女は失礼と呟き、大風呂に入るとクラウディの隣に座った。
「調子はどうですか?」
「ああ、おかげさまで……全快してる」
「それは良かったです……何でそっちに向いて話すんです?」
リリウィスは客人が反対側を向いて話すのを見て首を傾げた。
元男の少女はアイラの裸は割と慣れて来たがエルフとなるとまた違うので直視できなかった。そっぽを向いているようで感じが悪いだろうかと不安になるが、リリウィスはそんな事情は知らないので顔が向いている方に移動してくる。
見えるのが胸から上だけなので何とか顔を逸らさず耐えた。
リリウィスもといエルフの身体は少女よりも白く、曲線も細い。ただ胸は小ぶりである。もしかしたらまだ年齢的に幼い方なのかもしれない。
そのつもりはなかったが、視線を感じたのか、リリウィスは頬を赤らめて胸を隠した。
「あんまり見ないで下さいよ」
「えあ、悪い……」
「人族より小さいとか思ってるんでしょ。クロー様は大きいですもんね」
彼女はクラウディの胸を見て頬を膨らませた。
────いや知らん、そんなこと……
「あー……リリウィスはいくつになるんだ?」
話題を逸らそうと年齢を聞いてみる。見た目からして12~3才程度だろうか。
────長寿っていうから倍として24、6くらいか?
「43です」
「し?!」
少女は驚きの年齢に声が裏返った。
「何を驚くんですか?エルフが長寿なのは常識でしょう。久々にそんな反応見ましたよ」
「……ちなみにアルディシエ……様は何歳になるんだ?」
「正確には分かりませんが500は超えているかと」
「ご?!」
「ラルフ様は301歳にこの間なったばかりと言ってましたし、アルディシエ様と200離れてるとか言ってましたので」
────長寿ってすごいな……
「クロー様はおいくつですか?」
「16?」
「私より年下ですね、人族に換算しても6つは下です」
リリウィスは誇らしげに胸を張った。クラウディは首元まで湯に浸かり、知らないことだらけだなとため息をついた。
他のエルフたちを遠目に見ながらどの女性も自分より年上と思うと頭が混乱しそうである。
「あの、私、クロー様に憧れます」
「……?」
「最初は変な人だと思ってたんですけど……ラルフ様に勝っちゃうし、人族の女性なのに遠征では1番活躍したと聞きました」
「……そうでもないだろ」
────半分以上やられたしな
クラウディはあれだけ犠牲を出しておいて活躍だなんてとても喜ぶことは出来なかった。男だったらもっと上手く出来ていたはずだと悔しくも思う。
明日の歓迎の儀なんて本来なら辞退したいくらいだった。素直に喜べるはずがない。
「いえ、すごいと思いますよ。ラルフ様もあなたのことで興奮してましたし、あれはファンといっても過言ではありません」
「……ファン?」
あの堅物なエルフが興奮して話すところなんて想像が出来ない。
「信者ってことです。あの、差し支えなければ少し胸を触っても?」
「……え、何で?」
「おっきいのは憧れなので」
少女は困惑しながらも姿勢を正し、胸を湯から上に持ってくる。
「あの両手をこちらに」
「?」
わけもわからず手をリリウィスの方へ伸ばすと満面笑みで彼女は抱きついた。
胸に顔を埋めて頬擦りする。
────え、は?
いきなりのことに心臓が早鐘を打ちだす。顔を押し付けてくる感触に胸が苦しくなった。
「リリウィス……さすがに……」
エルフの頭から漂ってくる良い匂いに、目元がクラクラとしてくる元男の少女。
「んふー……」
「…………」
「リリウィス」
「?!」
アルディシエが一緒に来ていたことを忘れていたリリウィスは彼女の声が聞こえて慌てて顔を上げた。
「クローさん気絶してますよ」
「」
「あ」
クラウディは気付けば客室のベッドに横になっており、目を開けるとアイラが抱き枕のようにして隣で寝ていた。
おそらく意識を失って運ばれたのだろう。そこからアイラが引き継いだ感じであると思われる。
────情けないな……
たかが女性に抱きつかれた程度で気絶してしまうなんて元男としてどうかと思う少女。
自身も女性の身体を持つのにいまだに慣れないことにため息をついた。
クラウディはアイラを起こさないように起き上がると部屋の外に出た。
すっかりと暗くなっており、月が2つ出ているのが見える。手すりに腕を乗せて某っと眺めているとそよ風が流れてきた。
最初は気持ちの良いものだったが薄いランジェリー姿の少女は徐々に肌寒くなって来て身体が震えた。
下を見下ろすと何ヶ所か明かりがついておりまだ作業をしているものがいるのだろう。
────こんな時間までよくやるな
クラウディは寒さに自分の肩を抱いて一際大きい風が吹くと部屋に戻り、いびきをかくアイラの元々のベッドに横になって眠った。




