第143話 地下洞窟の調査2-④
「うぐぁあああ!痛ってぇええ!」
彼女の右腕は斧を掴んだまま壁際に転がっていた。
何事かと振り返ると先程の枯れ枝の敵が息を吹き返したのか動き出しゆらゆらと揺れていた。
『コロコロコロコロろろ』
「カイザック!アイラを連れて逃げろ!」
そう指示するとともに、エルフたちも敵を見て一斉に洞窟の外へ駆け出した。
少女は時間を稼ぐために剣を握り突進する。『生命石』のマナを使用し、暗くなり始めた洞窟を照らすために光の玉を浮かせる。
────クソっ、トドメを刺しておくべきだった
後悔しても遅い。クラウディは注意を引くよう敵の間合いに入り上下左右からくる斬撃を必死に躱す。
右薙を屈んで避け、続く左を飛んで避けると頭上からくる包丁を受け流し交差した相手の腕にもう片方の剣を当てがって蹴り飛ばした。
その際に続く4太刀目が脇腹を掠めた。相手は後ろに下がるが倒れず前傾姿勢で止まる。
『殺す殺すコロコロ』
少女は『生命石』を通して敵の眼前に黒い球を浮かせると反転させて激しい光を浴びせた。
その隙に辺りを見渡し誰もいない事を確認して踵を返す。
『ナニ?効かないよ?』
「?!」
不意に敵が真横に来て笑った。腕を振るって少女を斬りつける。2本は咄嗟に弾いて防いだが3本目の突きが肩を貫通し腹を蹴り上げられて壁に激突した。
『おかえししし』
ゲラゲラと笑う枯れ枝。
少女は何とか起き上がって剣を構えた。片腕が使えず背中がジンジンとする。今はアドレナリンが出ているので立ち上がれるがおそらくどこか損傷しているだろう。なにか引っ張られるような鈍さがあった。
少女は『生命石』に意識を集中し、燃え盛る火炎を放った。
『マホー?!ばかなばかな!』
敵は火に焼かれ地面を悶え転がった。火には弱いのだろう、無理に反撃することはない。少女は敵が真っ黒に焦げた辺りでマナを止め様子を伺う。
枯れ枝からは煙が燻っている。倒したかと思ったが枯れ枝にヒビが入り割れると赤黒い枝が新たに出てきて立ち上がった。
『なんだそれは?ここでは魔法は使えないはず……お前、危険だな』
先程より流暢に話す敵に危険を感じた少女は再び火炎を浴びせる。
しかし今度はものともせず近づいてくる。
仕方なく放火を止めると今度は何度か電撃を放った。しかしこれも敵の肉体は弾き若干の焦げを残すだけだった。
────くそ、マナが……
『生命石』のマナが尽き掛けているのをみて、魔法は光球のみにせざるを得なかった。
今度は敵が突進してきて激しく腕を振るう。壁際の少女は壁に沿って走りながら躱していくが、敵の一太刀がシミターのヒラを捉えるとそのまま叩き折り胸を斬り裂いた。
「ぐっ!」
クラウディは地面に突っ伏した。
────しまった……剣が折れた
見ると剣は半ばから先はない。もう片方も握ってはあるが腕が動かない。
────これじゃ、剣の力が……
最後の切り札である『剣の力』。その発動する剣が折れてしまってはもはや万事急須だった。
敵が少女の元へ行き髪を掴んで身体を持ち上げた。
「うっ……」
『ん~?マナは感じないなぁ。剣の腕からして剣聖とやらかと思ったが……ん~』
敵は色んな角度から呻く人間を観察した。
『まいいや、殺しとこ』
残り3本の腕が動こうとしたとき、敵の側頭部に強烈な衝撃が襲った。
その衝撃でクラウディは吹き飛ばされ地面に転がる。
敵は倒れこそしなかったが頭が抉れていた。衝撃が来た方向をギロリと睨む。
その先にはカイザックが何やら大筒を構えてしゃがんでいた。
「まじかよ……これ耐えるのか」
敵は襲ってきたものを認識したのか、物凄い勢いでカイザックに突進する。
彼は舌打ちし慌てて踵を返すがすぐに追いつかれるだろう。
クラウディは何とかポーションを取り出そうとしたが身体が動かず。そして意識が遠のいていく。
────ま、ずい……だめだ、カイザック……アイラ
次の瞬間、元男の少女は真っ白な空間に来ていた。
あの変なやつがいる所だった。
『…………』
『我の手を煩わせるな……』
待っていると案の定、元男の姿をした者が目の前にゆらゆらと姿を現した。当然顔は見えない。
元男の少女は言いたいことがあったが上手く喋ることが出来ず、口元が震えるだけだった。
『ああ、わかってるさお前のことは……我の力が欲しいのだろう?』
高い女の声で話す男はニヤリと笑うと少女の背中から抱きしめて手先を絡めた。
『剣が折れたって?ふん……思い出せ、行き着く先は────』
元男の少女はその世界で意識が遠くなった。
気づくと少女はまた洞窟に引き戻され、立ち上がっていた。手に握る剣は刀身が淡く光っており、先程折れたシミターも刀身を取り戻したかのように光っていた。
敵の後ろ姿が目に入り、みなぎる力をぶつけるよう突進して追いつくと剣を背中に突き立てた。
剣は貫通し紫の血を滴らせた。
『ぶぐっ?!お前……』
敵は武器を振り回し少女を振り払った。貫通した傷を押さえ、ワナワナと震える。
少女は地面に着地すると再び距離を詰めた。
再び上下左右からの攻撃が来るがクラウディも両腕を素早く動かし全て外側に弾いた。
ガラ空きの胴体に剣を突き出すが、敵の細い脚が逆関節になり少女を蹴り上げた。
反応して剣のヒラで受け流そうとするが流しきれずに空中へ浮き上がるクラウディ。
枯れ枝はニヤリと笑うと4本の腕を逆関節にし四方向から同時に攻撃を放つ。
とても空中では躱しきれない。そもそも2手が4手に敵うはずがない。しかし少女はこれの躱し方を知っていた。正確には瞬間的に脳裏によぎったというべきだろうか。
元男の時に似た事をする敵がいたのだ。四刀流の使い手が。
────確か名前は……『※※※※・※※※』
少女は剣を交差させると手を離して、空中で出来るだけそれに隠れるよう身を縮めた。その瞬間に斬撃が襲うが剣先と柄頭にそれぞれ衝突し、全て同時に弾いた。
『は?なんだ、これ、お前……一体』
クラウディは反動で振動する剣を再び掴むと身体を捩って回転させ敵を真っ二つに斬り裂いた。
『く……そ』
敵は左右に分かれてもそのまま踏ん張っていたが、やがて膝をついて倒れた。
『ほ……ほうこ、く……しなけれ……』
枯れ枝は呟くが、体は灰化していきやがて黒い痕だけがその場に残った。
クラウディは少しの間警戒していたが、ようやく倒した事を確信すると『剣の力』が解けてその場に倒れ込んだ。
消えいる意識の中、地面にぶつかる前に何かに支えられる。
カイザックだ。
「まったく……お前は……どこまで」
彼は動けない少女を背負うと出口の方へ向かっていった。




