第135話 アルディシエ③
「失礼する────します」
少女はラルフに釘を刺されていたので言い直した。
中は植物のものなのか緑の匂いがする。中は客室より一回り大きく、本がぎっしり詰まった本棚や木彫りの置物が飾られた装飾棚、ふわふわした絨毯、揺れ椅子など色んなものが置いてあった。どれも高級感があり偉い人の部屋というイメージを受ける。
「敬語は使わなくてよろしいです」
アルディシエは中央の足の高いテーブルの椅子に腰掛けていた。少女を手招きすると向いの椅子に座るよう促す。
エルフたちは背が高い者が多いので椅子の高さは丁度いいかもしれないが、クラウディは身長が低いので座っても爪先しか付かない。
「さて、差し当たって話しておくのですが……」
アルディシエは地図をどこからか取り出してテーブルに置いた。鬱蒼とした森に描かれている村のような場所は現在地だろう。現在地から線が伸び外へと繋がっている。
「あなたの話を信じて例の洞窟に斥候部隊を向かわせたところ確かにダークエルフのものの痕跡がありました」
言いながら地図の線をなぞる。
「おそらくダークエルフは地上に出てきて虐殺を行うつもりだったのでしょう」
「虐殺?なにを?なぜ?」
元男の少女はダークエルフについてほとんど知らない。その様子にアルディシエは片眉を上げジロジロと少女を眺めた。
カイザックが側にいれば解説してくれたかもしれないが今は姿がない。
やがて彼女はまあ良いでしょうと話し始めた。
「ダークエルフは地下に住むエルフのことですが、あなた方も見た通り私たちとは違います。どこで歪んでしまったのか、悪魔を信仰しとても残虐な者たちなのです。度々地上に現れては生き物を残酷に殺すことをしています。諸説ありますが悪魔の儀式ではないかとも言われています」
────ハタ迷惑な……
「なるほど……」
「かのダークエルフを連れてきてしまったのはあなた方です。明日討伐部隊を編成しますのであなた方にも参加していただきたい」
「客人ではなかったのか?」
ダークエルフの洞窟は確かにエルフの森に向かっていた。ならば狙われていたのは最初からエルフたちではないのだろうか。連れてきた形にはなったが、遅いか早いかの差だろう。ギルドの依頼はもう終えていると言っても良い。なのでこの問題にはこれ以上関わらないつもりだった。
「精霊に愛されしものよ。あなたの活躍は聞いています。力を貸してください」
クラウディはアルディシエの言葉で、敵対しているのを知った上で、都合よく悪者として捕まった少女たちをダークエルフにぶつけようとしていたことに気づいた。
────これは中々性悪だな
「ダークエルフが迫っていることは気づいていたんじゃないのか?」
「もちろん気づいていました。公にはしていませんが、私と一部上層部のみ存在を認知しています」
悪びれもなく即答する。
「しかし夜と洞窟内は彼らの領域。攻めあぐねていました。あなたはスキルなしで敵を圧倒したと聞きました」
「……『スキル』はあったほうが良いだろう?」
「いえ、彼らの領域ではこちらの『魔法』と『スキル』は使用できません」
────まさか
アイラが調子が悪かったのもそういうことかと合点が行く。どういった理屈かは分からないが『スキル』は使えなかったのだ。おそらく『金剛』も発動しなかったからいとも簡単にやられたのだ。
「相手は使えるのか?」
「はい。おそらく彼ら用に進化したものなのでしょう。実態がいまだにわかっていませんがそういうものと思っていてください。ただ地上では逆にダークエルフは『魔法』も『スキル』も使用できません」
なるほど森で戦ったダークエルフは『スキル』を使わなかったんじゃなくて使えなかったのかとクラウディは納得した。しかし別の疑問も浮かぶ。
「?なら何もしなくても攻められないんじゃないのか?」
地上に出た途端に力が使えないのでは立場が逆転し返り討ちに合うのは必至。
「彼らは自身の領域を広げる手段を持っている様です。なので油断もできませんし領域を広げる手段のない私たちは攻めるのも難しいのです」
「……」
────面倒臭い……
つまり攻めるのなら少女のように自らの膂力でやりあえる者が必要ということだった。クラウディたちは体良く現れた利用できる恰好の冒険者だったのだ。
客人ともてなされるのはそういう経緯もあったのだろう。本来なら罪人としてただぶつけられるだけだったのではないだろうか。
クラウディはどうすべきか唸った。ここでやらなければ被害は出るだろうし、逃げようものならまた捕まって投獄されるかもしれない。
かといって立ち向かうにはあの数は難しい相手だった。
アルディシエは何を思ったのか微笑むと両手のひらを上にテーブルに置いた。
「『生命石』をお持ちですか?」
「?……あるが」
クラウディは首にかけていた『生命石』を外し彼女の手のひらに置いた。マナは使い切って光は失われていた。
アルディシエは手で覆うと目を閉じた。少しして『生命石』の中心が輝き出す。どうやらマナを込めてくれたようだ。
「もう一つ良いことですが、『生命石』ならばダークエルフの領域内でも魔法が使えるでしょう」
「そうなのか?ならたくさんあればみんなで戦えるんじゃないか?」
「『生命石』は今はほとんど普及していません。この里にもないのです。それにあったとしてもそれを扱うことは出来ないでしょう」
「魔法のイメージの違い……か?」
「その通りです」
いつかフロレンスが言っていた。『生命石』を扱えるのは相当なイメージ力がいると。それこそ火ならその身に受けて致命傷を負うくらいの体験がないと難しいと。アストロではそれを詠唱と呪文で補っていると言っていた。
────フロレンスが詠唱を唱えるところは見たことないが
少女が使えたのはおそらく元男の時に体験していたのだろう。そういう過酷な世界で生きていたということは何となく覚えている。
「つまり、戦力的には俺とこの『生命石』ぐらいか」
「こちらも腕利きのレンジャーをつけるつもりです。どうでしょう」
「……俺たちは冒険者だ。報酬は?」
「100万ユーンでどうですか?」
────100?!
「それと今貸与しているその服と『生命石』のマナ補充。それから何かマジックアイテムを差し上げましょう」
「服はいらんが、マジックアイテムはどういうものだ?」
「その服は破れても再生する魔法衣でもあるのですが……結構珍しいんですけど。まあ要らないと言うなら」
────魔法衣?!
「やっぱりいる。で、マジックアイテムは?転移系とかはないのか?」
「残念ながらそんな便利なものはありません。しかし保管してあるマジックアイテム中から一つだけ差し上げましょう。ただし大変貴重なものばかりです。見せるのは終わってからです」
そんなに貴重なものということは売れば100万以上の価値はあるのだろう。ギルドクエストとして見ればかなり良い報酬のように思える。
ただ難易度がハードではある。『スキル』持ちの敵とは幾らかやり合ったことはあるが、正直きつい。
「一旦仲間と話して────」
「いえ、今ここで決めてください。決行は明日早朝からです。今こうしている間も彼らが何を仕掛けてくるか分からないのです。今夜は私が結界を強化するのでおそらく大丈夫とは思いますが……。それにしても対策を練る時間がないのです」
クラウディは命がかかった依頼に流石に独断では決めるには早計だと思った。しかしエルフたちも刻一刻を争うのだろう。少女たちが参加不参加で練る作戦も異なってくる。
「断ったら?」
「そうですね。囮として追い立ててその間に解決します……と言いたいところですが、精霊に愛されしものよ。森の外までは案内しましょう」
クラウディは前半の言葉にゾッとしながらも、後半で安堵する。
────フィレンツェレナには感謝だな
「わかった。出来るだけやってみる」




