第133話 アルディシエ①
牢屋の大木の入り口まで上がるとリーダーエルフは待機させていたのか数名のエルフと合流し、それに挟まれる形で少女は連行された。
外は雨が上がっており地面の所々には水溜まりが残っている。
エルフたちの足が向かうのは一際高い大木だった。5分ほど歩きその下まで来るが、その大きさに驚いて見上げた。大木は直径40mくらいで中には入らず、外側の木に沿った長い螺旋階段を上がって行く。
長い階段を登り切ると長い外廊下が伸び、その途中に半円状にくり抜いた大部屋があるのかそれに沿った垂幕が下がっていた。
リーダーエルフは歩き出すが足を止める。
「貴様、その仮面は取れ。失礼に当たるからな」
クラウディは言われた通り縛られた手で仮面を外すし、付き人の小柄なエルフが側に来たので手渡した。付き人は少女の顔を見て一瞬驚きに目を見開いたがすぐに下がった。
「貴様女だったのか……まあいい。くれぐれも失礼のないように」
エルフリーダーも男だと思っていたのか驚いたような顔をした後、眉間に皺を寄せた。
そして垂れ幕の前まで来るとリーダーエルフは咳払いをした。
「アルディシエ様。例の者をお連れしました」
彼はそういうとまだ姿も見えていないのにうやうやしくお辞儀をする。
「入りなさい」
中からハッキリと通る女性の声がし、垂れ幕が中心から左右に分かれて開いた。
クラウディは顔を上げようとしたが誰かに頭を抑えられ、床を見ながら押されて中に入った。
中は精巧な刺繍のされた緑の絨毯が敷かれていて奥の机まで伸びていた。
その机から2m距離を空けて膝をつかされる。
「顔を上げなさい」
言われて少女は顔を上げた。位の高いであろう気品溢れる女性エルフが椅子に座っているのが視界に入った。
襟元にレースのある白いワンピースに、美しい緑の羽織を羽織っている。長いウェーブのかかった髪は肩に流しており色は金髪。花冠をつけていた。顔の輪郭はシャープでその青い瞳からは聡明な感じを受ける。
「私は全員連れてくるよう命じたはずですが、ラルフ?」
アルディシエと呼ばれたエルフは少女から横にいるリーダーエルフに視線を移した。
「はっ、女の方が暴れ出しましたので、万が一のことを考えて蛮族の頭だけを連れて参りました」
ラルフと呼ばれたリーダーエルフは腰を折って頭を下げながら言った。『蛮族』という言葉に侮蔑を感じる。
「そう、わかりました。なら致し方ありません。ゴホン……それではあなた────」
咳払いすると再び目の前の侵入者に目を向ける。
クラウディは逆らわないようひたすらに身じろぎ一つしなかった。
「この森にはどのような御用ですか?」
「……用はない。俺たちはただ敵に追われていて逃げて来ただけだ」
「おい、貴様なんだその口の聞き方は────」
少女の話し方にラルフは青筋を立てるがアルディシエは手で制した。彼は上に言われて舌打ちはするもののそれ以上は口を出せず。
「その敵とは?」
「ダークエルフだ」
クラウディが答えると辺りがざわついた。何か良くないことを言ったのだろう。ダークエルフという言葉自体が良いイメージを受けない。
「静粛に」
アルディシエが手を挙げるとピタリと静かになる。彼女はラルフに何か目配せするとお互い頷いた。
「良いでしょう。何故ここに来たのか、あなたが誰なのか話して下さい」
クラウディは冒険者ギルドの依頼を受けて調査をしていたことなどを出来るだけ丁寧に話した。彼らの怒りを買う言葉がないだろうかと慎重になる。
「なにか証明出来るものはありますか?」
話を終えた後、少し沈黙ののちにアルディシエが口を開いた。
「いや荷物がないことには……」
依頼書やギルドカードは今は手元にないので証明のしようがない。と思っていたが、一緒に来ていたエルフの1人が荷物も持って来ていたらしくアルディシエが手で合図すると机に置いた。
彼女が許可をするとクラウディは自分の荷物を漁った。しかしギルドカードはあったが依頼書が見当たらない。色々私物を出し机の上が散乱する。
────しまった。あの2人に渡したままだった
ギルドから派遣された偽衛兵の2人に渡して返してもらってなかったことを思い出し、冷や汗が流れた。
このままでは証明が出来ない。
「どうやら証明は難しそうですね」
少女の様子を見てアルディシエが目を伏せた。
「冒険者ではあるんだ」
何とかならないかとギルドカードを置いた。
「そう言ってエルフを攫って行った人族がどれだけいると思います?」
────そんなこと知らん
クラウディはこの世界の常識や種族間のやり取りなどは全く知らなかった。あくまでも元の世界の小説物語の浅い知識だけだ。ほとんど知らないと言って良い。
だがここのエルフたちはクラウディたちを人攫いだと思っているのだろう。
何も言えずにいるとアルディシエはギルドカードを眺め、少女に放った。そして顎で連れて行くようラルフに示す。
「処分はどうしますか?」
「そうですね……地下牢に繋いで────ちょっと待ちなさい」
彼女は言いかけて手で制し、机の上に散乱している少女の荷物に目を落とした。そのうちのあるものを拾い上げる。
「これは『生命石』ですね。珍しいものを……しかも微かですが精霊の残滓が見えます」
その言葉にそこかしこから────人族風情が────どう言うことだ────祝福か?────などとざわつく声が聞こえてくる。
「あなた、精霊と接触したのですか?」
────精霊?
クラウディは少しの間何のことかと空を見つめていたが、そういえば『霧の街レイボストン』に行く途中の森で助けられたことを思い出した。
少女は頷いた。その反応に片眉を上げるアルディシエ。
「その者の名は?」
「え?あー……フィ、フィレ……フィレンツェ……?」
「フィレンツェレナですか?」
「そうだフィレンツェレナだ」
危うく答えられない所で助け舟が出されて完全に名を思い出す。
「どういったか経緯か話せますか?」
クラウディはシャドウレインの事から話し始め、『精霊の森』で少しの間過ごしたことを話した。詳細をさらに聞いてくるのでさらにフィレンツェレナと交わした会話の内容など覚えていることを出来るだけ伝える。
アルディシエはほとんど口を挟まずに黙って聞いていた。
やがて話し終えしばらく何か考えるよう少女を眺めるとため息をついた。
「この者たちを解放し、もてなしなさい」
「?!正気ですか?人族ですよ!?」
上の命令に反対の声を上げるラルフ。他のエルフもざわつく。しかしアルディシエは静まるよう手を振った。
「この者はフィレンツェレナに会って歓迎されています。精霊が認めた者を精霊を愛する我らがぞんざいに扱うわけにはいきません。わかりますねラルフ」
ラルフはそう言われてハッとすると黙り、深呼吸してゆっくりと息を吐いた。
「御心のままに」
クラウディはラルフに腕を掴まれて立たされると外へ向かう。足が痺れて片足を引きずってしまった。
「あなたクロー、って言いましたか?」
不意にアルディシエに呼び止められる。
「?」
「また後で話しましょう」
よく分からないが取り敢えず頷くとラルフがせっつくので慌ててついて行った。
どうやら最悪の事態は避けられたようだった。




