第121話 マンドラゴラ採取依頼②
アイラは1時間過ぎても帰ってこなかったので探しに行くと案の定迷子になっていた。探知魔法の類はないので、カイザックが彼女の首根っこを掴んで連れ戻してきてくれた時はかなり助かった。
アイラもその時は流石に彼に罵倒せずしおらしくしていた。
一行は今度は少女が山道での馬の制御をカイザックから教わり、御者を務め馬を歩かせた。
「地図で見るとこの辺だが……」
クラウディはカイザックが地図に示した場所と、新たに描いてくれた地形を照らし合わせながら進めていた。照らし合わせると言っても縮尺がわからないのでかなり大まかではある。やがて少し霧がかった小道に出くわす。
「この先に墓があるはずだ」
カイザックは荷台の上からその小道を指差した。
だがとても荷馬車が通れる幅はない。仕方なく彼らは馬を入り口の木陰に繋ぎ、荷物は最低限持ってあとは姿を消してくれるミラージュクロスで隠した。
それから30分くらい歩いた頃に急に小道が途切れて草木のほとんどない地面の見えた場所へと出た。土は赤黒く柔らかい。100m先には大木が一本だけ生えていた。
「ここか?」
「そうだろうな、あの大木が目印だ」
3人はそれぞれ散らばって辺りを探した。
────まあ見るからにないんだがな
辺り一面焼け野原の跡のような風景にクラウディは特に探すでもなくフラフラと歩いた。
「カイザックはここを知ってたのか?どういう場所なんだ?」
カイザックの近くに行き尋ねた。彼は立ち止まって辺りを見渡した。
「ここは大昔に戦場となった場所。時が経って埋まってしまったが実質墓所だ。死体がたくさん埋まってる。呪いか何なのかわからないが、今だに草木は生えてないらしいな」
「呪い?大丈夫なのか?」
「さあな。大丈夫だろ?今も何ともないし」
彼は面倒くさいと言ってその場にしゃがみ込みタバコに火をつけた。クラウディはアイラはどこに行ったかと大木の方へと足を向けた。
その時断末魔の叫びのような声が辺りに響き渡った。
クラウディはものすごい音量に耳を塞いだ。しかし耳を貫通してくる声は筆舌尽くし難く、しゃがみ込むと紛らわすように何度も頭を地面に打ちつけた。
やがて頭に響く叫び声が止む。しかししばらく少女はそのままの姿勢でうずくまっていた。
と、誰かに肩を叩かれる。頭を上げるとカイザックが目に入った。片耳を押さえており耳からは血が出ていた。少女も激しく頭を打ちつけたので額から血が出てきて仮面の下から血が滴る。仮面は頑丈なのか奇跡的に割れはしなかった。
2人はポーションを飲んで回復すると息を整えた。傷は治ったが耳の奥に残る耳鳴りは消えなかった。
「あの……馬鹿、やってくれたな!」
カイザックが大木の方へ向かおうとした時その裏からアイラが千鳥足のようにふらつきながら出てきて、2人の前まで来ると倒れ込んだ。手には人の形をした小さな生き物らしきものを握っている。
クラウディは女戦士に駆け寄った。身体は痙攣しているが死んではいない。
「アイラ!アイラ!」
何度も揺さぶっていると気がついたのか呻いた。
ポーションを何とか飲ませて傷を回復させる。
5分くらいすると良くなったのか彼女は四つん這いになって咳き込んだ。
「さ、三途の川が見えたぜ……」
「ち、死ななかったか……」
カイザックは冗談で舌打ちしたのだろうが、少女はやめてくれと心の中で呟いた。
「へ、私の『金剛』なめんな。けどどうよ!これだろマンドラゴラ!」
アイラは握っていた植物を掲げた。長さは20cmくらいの人型をした根っこに緑の草が生えている感じ。その表情は元男の世界のムンクの叫びのようだ。
「脳筋、まだ他に生えてるのかそれ?」
カイザックが辺りを見渡しながらいう。
「あの木の裏にいっぱい生えてたぜ?」
3人はアイラが示した大木の裏を見て、その根元にびっしりと生えているマンドラゴラに驚愕した。
ざっと数十株はあるだろう。カイザックは辺りを仕切りに見回しながら荷物からかなり長いロープを何本か取り出した。それをマンドラゴラの草の根元にくくりつけ、アイラに持たせる。
「脳筋、1分したらそれ持ってあっちに向かって走れ」
そう言って彼は大木と反対側の方角を示し、クラウディの腕を掴んでかなり距離をとった。
そして1分後訳もわかってないアイラが走り出して一気にマンドラゴラを引っ張り抜いていく。凄まじい声量の死の合唱が響き渡り、離れて耳を塞いでいる2人にも響いた。
今回はあまり被害はなく立ちくらむ程度だった。アイラに至っては2人より近いのにピンピンしており面白がってもう一度やりに行った。
────これもスキルのおかげなのか
『金剛』という戦士のスキルはそこまで防御力があるのかと改めて便利だと少女は見ていて感じた。
アイラがマンドラゴラを20株取ったところで、クラウディは何かの気配を感じた。
何かの足音と振動だ。遅れてカイザックも感じたのか息を潜めた。アイラだけは気付いてないのか動き続けている。
しかし、アイラの肩に何かの液体が垂れた。
「痛っ!」
露出している肌にそれが落ちると肉が焼けるような音と共に煙が立ち上がった。
何かと一行が見ているとそれはゆっくり姿を現した。
やや丸っこい巨大な白い体に、恐竜のような逞しい筋肉をした後ろ足が生えている。前脚はなく折り畳まれた翼があった。
その姿はドラゴンと言いたかったが、首の根本から先がなく、ぽっかりと赤黒く、歯が並んだ穴が空いていた。仕切りに蠢いて気持ちが悪い。
「動くな!!『レスター』だ!」
カイザックは背中の大斧に手を伸ばすアイラに叫んだ。彼女はピタリと動きを止めた。
化け物はアイラの側にあるマンドラゴラに身体を向け、不思議なことにマンドラゴラが空中に持ち上がり消えた。どこに消えたのか見ていると化け物の赤黒い口のようなところにマンドラゴラは現れてバラバラにされて体内に消えていった。
「おいおい!食われてんぞいいのか!!」
次々と無くなっていくマンドラゴラをみてアイラは叫んだ。
「手を出すな!そいつはやばい!」
「やばいってったって……くそ!このやろ!」
どんどんなくなる収穫物に彼女は我慢ならなかったのか大斧を抜いてその巨体に叩きつけた。しかしぬるりとした弾力のある肌に弾かれる。
「硬って!なら『力溜め』────『三波』!!」
ただの斬撃では通用しないと思ったアイラはスキルを使って腕の筋肉を盛り上がらせ三方向に飛ぶ斬撃を繰り出した。
斬撃は化け物の巨体に衝突するが、薄皮一枚斬っただけで出血すらしない。
それでも痛みを感じたのか化け物は食べるのをやめて響くような低い声で吠えた。
アイラは慌てて後退し他の2人の元へ来た。しかしレスターが追ってくる。
「げぇ!アイツ目がないのに追っかけてくんのかよ?!」
レスターは見えない力で周囲の障害物を弾き飛ばした。収穫したマンドラゴラは吹き飛び大木はえぐれる。
続けて何か液体を撒き散らした。
「避けろ!溶解液だ!」
カイザックが叫ぶ。アイラは飛んでくる液体を大斧の平で弾いた。その一部がカイザックの肩に降りかかる。液体は簡単にカイザックの衣服と皮膚を溶かした。
「悪ぃ」
そんなつもりはなかったとアイラはカイザックを見て申し訳なさそうに頭をかいた。
「いいから前を見ろ!」
「え」
アイラの背後に赤黒い口が迫った。クラウディは咄嗟に彼女を突き飛ばした。その瞬間に何か大きなものが少女を包み込み暗闇へと引き摺り込んだ。




