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第119話 フイル村の安定







────真っ白な空間


元男の少女は気付けばまただだっ広い真っ白な空間に立っていた。


何もない地平線が続く空間だ。


『またここか……』


少女は呟いてなんとなく歩き出した。見渡す限り真っ白でつまらない場所だった。


『主よ……』


女の声がして振り向くと、例の元男の姿をした何かが揺らめいていた。それが元世界の自分の姿というのは認識できるが、中にいるのは誰かわからない。元男は今立っているので自身ではないことは確かだ。そしてやはり顔ははっきりと見えない。


『お前は誰だ?』


『我はお主の剣であり、剣ではない』


『は?』


『む、まだ安定してないか……そのうち思い出すだろう。それまでせいぜい死なぬことだ』


どういう意味か聞こうとしたが急に視界がぐらついた。何かが口元を動かしたが何と言ったのかわからない。元男は意識の底に倒れ込んだ。







「っ?!」


クラウディは覚醒し目を開けた。目の前にアイラの顔があった。


「大丈夫か~?うなされてたけど」


「……大丈夫だ」


アイラは目の前から退くとあぐらをかいて座った。


少女は起き上がり辺りを見渡した。納屋の隙間から陽が差しておりまだ昼かと呟いた。


「何言ってんだもう丸一日経ったぜ?」


────まじか


ずいぶん寝てしまったなと頭を掻いた。


あれからどうなったのかアイラに聞くと、オーガの素材回収は終わり、村人についてもようやく収まったとのこと。村の畑やらの被害はあったものの特に気にしなくていいらしい。


「クローこれ、カイザックから」


アイラは何か思い出したように荷物から何かを放った。小さな玉のようなものが見えそれを手で受け取る。赤黒く光に反射するそれは『コア』みたいだった。


「オーガネクロメイジのコアか?」


「うん。リーダーに持たせてろって」


「……ん?リーダー?」


「クローがリーダーじゃねーか」


クラウディ自身はパーティリーダーはアイラだと思っていた。1番位の高いものがリーダーを務めるのは道理である。


「アイラがリーダーだろ」


「え?」


「ん?」


「……」


「……」


「まあ良いじゃねーか!私とカイザックはクローをリーダーと思ってるし。じゃないと毎回アイツと揉めるって」


────それはそうだが……


なんだか釈然としないが了解を示した。


クラウディは改めて『コア』を見た。特に感じるものはないが換金所に持って行ってまた値がつくだろうか。


「それはカイザックは要らないって言うし、私も特に要らないからクローが自由に使ってくれよ」


────スライムにでも与えるか……


クラウディはそう考えて荷物にそれをしまった。


少女は立ち上がって伸びをした。身体中ポキポキと骨が鳴る。軽く体を捻ってほぐすとアイラにカイザックはどうしているのか聞いた。


「さあ?また女でも漁ってんじゃねーの?」


クラウディとアイラは外に出た。


陽が差してきて眩しい。村人たちはもう農作業を進めているのか仕事をしていた。何人かは荒れた田畑を整備している。


彼らはクラウディたちに気づくと笑って手を振った。


もう完全に警戒心はない。


解体されたオーガの死体はまだあり、どうするのだろうかと首を傾げる。オークのように美味そうでもない。


「どうすんだろうな?山にでも捨てに行くんじゃねーの?」


アイラはそう言ってオーガの死体を軽く蹴った。


「あ!かっこいいにいちゃん!」


ふと甲高い声が聞こえて振り向くと、村の子供たちが走ってきて2人を取り囲んだ。


アイラはよじ登ってくる子供を笑いながら振り回す。


────大丈夫なのか?


怪我をさせたら面倒臭いぞと辺りを慌てて見渡したが村人たちは微笑んだだけで心配する素振りは見せない。


元男は元の世界ではこういう危ない行為はすぐに捕まってたぞと思いながらも楽しそうなのでしばらく見ていた。


「クローはさ!子供何人欲しいんだ?」


子供を両腕に抱えたアイラが突拍子もない質問した。


「子供?なぜ?」


首を傾げると同じ角度でアイラも首を傾げた。


「女だろ?私はさぁ5人くらい欲しいね。クローは?2人?3人?あ、10人とか?」


元男の少女はたじろいだ。この身体はあくまで借り物だ。好き勝手は出来ないし、元男なのだから男を好きになることはあり得ない。


「俺はガキは嫌いだ」


「えー?まじかよ……もしかして嫉妬してんのか?ほら、行ったれお前ら!」


アイラはそう言って子供たちをクラウディにけしかけた。


クラウディの周りに子供が群がり手や服を引っ張る。


「にいちゃんかっこよかったよ!」


「何だこの仮面!変なの!でも面白い!」


「遊ぼう遊ぼう!」


────ガキは嫌いだ


キンキン声が頭の中に響いてイラつくが、殴るわけにもいかないので無心になってなすがままとなった。


その後は遅めの昼食を摂り、幾らか村人と話した。


オーガの脅威がなくなったのでみんな心なしか明るく、話しかけると微笑んだ。


それから村長のところに行くとカイザックの姿を見つけた。なにやら話し込んでいるようだ。


クラウディとアイラが近づくと村長がぺこりと頭を下げた。カイザックも気づいて会話を止め、タバコを取り出すとけむりをふかした。


「これはこれはもうお身体はよろしいので?」


村長は心配そうにクラウディを見つめた。少女は大丈夫だと頷く。


「何話してんの?」


「これはアイラ様も。今カイザック様から罠やオーガの対処法などを教わっていたのです。カイザック様は素晴らしいお方ですね、わな────」


「村長、村は大体のことはもう大丈夫だろ。俺たちは一旦戻る」


「左様でございますか、どうぞごゆっくり……」


村長は頭を下げると家に入って行った。


一行はカイザックの言う通り一旦納屋へと戻った。


「で、いつまでここにいるんだ?」


納屋の外でタバコを吸うカイザックが言う。


クラウディはもう身体も良くなったので長居する必要はない。村人ももう心配はなさそうだった。


「目的は達成したし、明日には出発する。アイラもいいか?」


「私はクローについて行くだけだからな。良いぜ!任せる」


みんなの了解も取れたので各々は明日まで自由に行動することにした。


カイザックとアイラは再び出て行ったが、クラウディは納屋に残った。馬の様子や使用した道具などを確認するのに時間を費やす。


辺りが暗くなるとアイラは帰ってきたので食事にした。


「カイザックは?」


「また女じゃねーの?今日は帰ってこねーだろ。あ、今日は一緒に寝ようぜ!」


「カイザックが見たら怒るだろ」


「男女のカップルって?あいつは今頃スッキリしてんだろ大丈夫大丈夫」


2人は食事を済ませて村人が用意してくれた風呂に入った。わざわざ沸かしてくれたようでお陰で綺麗になった。


それから各々過ごしていたが────アイラは酒を飲んでいる────ランプの明かりで少女が本を読んでいると酔ったアイラが膝に頭を乗せてきた。


「クロ~。わたしも子供10人欲しい~」


すっかり酔っていて顔がほてっている。


「……」


「相手しろよ~」


アイラは無視する少女に口を尖らせて抱きついて押し倒した。


「おい、やめろ」


クラウディは本を掲げたまま倒れ、本を閉じると引き剥がしに行く。


だがやはり力が強くて離れない。それよか少女が力を込めるほど抱きつく力が強くなるので苦しくなって止めた。


仕方なくこのまま寝てくれと息を潜める。


アイラは腹に顔を埋めたまま仕切りに呼吸をしグリグリと顔を擦り付けた。


「クローの子供10人欲しい~」


「……」


「くそ~私が男だったらなぁ……」


爆弾発言に身の危険を感じるクラウディだったが、やがてそのままアイラは寝てしまった。


彼女を起こさないようそっと床に寝かせると毛布をかけた。


それからまた本でも読もうかと思ったがアイラのいびきに集中ができず、早めに寝るかと横になった。








翌日、カイザックは早朝に帰ってきたので一行は荷物をまとめて荷車に乗せ、村長宅へ馬を歩かせた。村人全員に挨拶する必要はないだろう。


村長を見つけると軽く挨拶する。


「世話になった。俺たちはもう行く」


「こちらこそ大変お世話になりました。冒険者様のことは忘れません『レゾナンス』パーティに道中の神のご加護を」


村長と話をしていると、荷馬車を見た村人が徐々に集まってきて、結局総出で見送られることとなった。


何人か礼と言って食料などを載せてくれようとしたがインベントリの空き容量もそこまでないし、そのまま載せても馬の負担になるので丁寧に断った。


「また近くに寄ることがあればいつでもいらしてください。歓迎します」


「それは助かる……ではな」


カイザックが御者を務め、馬を歩かせると一行を乗せた荷馬車は動き出した。


フイル村の住人たちは一行が見えなくなるまで手を振っており、アイラだけがそれに応じて手を振っていた。


クラウディも村が見えなくなると前を向いた。アーベルまでの道はまだ遠い。

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