第115話 オーガの素材回収依頼①
「なぁ、今日あいつ変じゃねーか?」
翌日湖を出発した一行は再び森の中を移動していた。アイラはいつものようにカイザックを罵っていたが、どうも反応が薄い。
「ストレスが溜まってるんだろ……どこかで村でもあれば良いんだが」
クラウディは御者を務める男の背中を見ながら答えた。彼は禁欲を強いられてからすでに1週間以上になるだろう。自分で処理すれば楽なのだろうが、そんな素振りはなかった。
相当ストレスが溜まっているはずだ。
「アイラ相手してやったらどうだ?」
「何の?」
「いや、それは……夜の」
言い難い事に声が小さくなるクラウディ。そんな少女を見てアイラは肩に腕を回して引き寄せた。
「おいおい……私にあいつの下の世話をしろっての?それは酷いんじゃねーの?」
声のトーンを落としカイザックには聞こえないよう耳元で囁く。
「あいつにクローが女だってこっそりバラしても良いんだぜ?」
「じ、冗談だ、冗談……」
クラウディは慌てて言い彼女を引き剥がした。失言だったと謝る。
「私も冗談に決まってんだろ?口止め料返せねーもん」
────もう金ないのか
ベルフルーシュで有り金全部スッたなと少女はため息をついた。今後は管理した方がいいだろう。
「カイザック、近くに村とかはないのか?」
それはそうと、とクラウディはカイザックに話しかけた。
「そうだな、進路を外れれば2日の距離に集落があるはずだ。行くのか?」
「そろそろオーガの生息域だろう?情報も欲しいから寄っていこう。反対方向に逸れるとかならアレだが……」
「情報収集か……悪くはないな」
少女がアイラにも了解を取ると、カイザックは森の分岐点で馬の進路を南東の方へと変えた。
1日野営し、2日目の夕方には農業を営んでいる集落が見えてきた。棚田に農作物があり、所々に家があるが、下の方に大小の家が密集していた。
一行が村に入ると大人たちは警戒していたが、子供たちは好奇心旺盛でわらわらと寄ってきた。
荷馬車を止めてアイラが遊び相手をしていると村人は緊張が解けたのか近くに集まってきた。
「どうも、冒険者さまとお見受けされますが」
農業用だろう汚れたつなぎ服を着た若い青年が荷馬車にいるクラウディに話しかけた。
「ああ、Aランクパーティの『レゾナンス』だ」
それを聞いて驚いたように目を見張る青年。周りの村人たちもざわつき始めた。
「Aランク」
「こんな村に?」
「なんで寂れたところに」
などなどいろんな声が聞こえた。クラウディは不安の声が多いのを確認し、滞在するつもりはない事とオーガについての事を何か知っているかを聞いた。
青年は少し待つよう伝え村へ消えていった。
「村は入んねーの?」
村の子供を両腕にぶら下げながらアイラが言う。
「警戒心が強い。歓迎されない所には近寄らない方が良いと思うんだが────」
チラリとカイザックの方を見ると彼は視線に気づいて肩をすくめた。
「冒険者は粗暴なやつも多い。警戒して当然だ。依頼を出してるなら別だが。ま、警戒しなさすぎるのも怪しいがな」
一行はそれ以上近寄らず子供をあやすアイラと遠くからハラハラとしている親たちを眺めた。
「冒険者ってすげーの?」
「すげーぜ?ドラゴンをぶっ倒したりするんだぜ」
「えー!ほんとー!すげー!」
山賊の依頼した村の時もそうだが、アイラは子供をあやすのが上手い。おかげで少し村の警戒が取れたのはかなり大きかった。
────俺らはダメだな
「何か言いたそうだな」
カイザックが視線に気づいて片眉を上げた。見るからに子供は嫌いそうな彼に今更何か言う必要はないだろう。
「……別に」
それから30分ほどして青年が戻ってきて一行を村に案内した。
荷馬車が通るのにもの珍しいのか村人が寄ってくる。
一行は納屋を案内されそこに荷馬車を止めるよう言われて荷車と馬を置いた。馬の休息も兼ねており、餌と水を置いておく。
クラウディたちはそのまま徒歩で青年について行った。
村の中心には何やら何かの生き物を模った大きなトーテムがあり、クラウディたちはその足元に座らされた。
少しすると白い髭を蓄えた村長らしき頭髪のない老人が現れて同じく座って胡座をかいた。
「どうも冒険者さま。わしはここの村長、フーマと申します」
ぺこりと頭を下げるのに習い、クラウディたちも頭を下げた。村長が手を叩くと村人が出てきて果物や料理を地面に置き出した。
「おいおい、なんか始まったけど大丈夫か?」
アイラが行き来する村人たちを見ながらクラウディに耳打ちした。確かに異様な光景だ。まるで今から祭りでも行うかのようだ。
「フーマ……殿。これは?」
「村の祭りです。ちょうど時期だったので客人と一緒にと思いましてな」
「いや俺たちは長居するつもりはない。ちょっと情報が欲しいだけで────」
「ええ、ええ、聞いておりますとも『オーガ』でしたな。その前に少しこの村についてお話ししましょう────」
彼は聞いてもいないのに村について話し出した。
この村は『フイル村』といい、近くにもいくつか同じような村があるらしい。完全に時給自足であり、村々とは時折農産物を交換し合っているくらいでそこまでの交流はない。村の名前の由来は祖先が『フイル』と言う者でその名がついたとか。1代で村を形成し作ったのでトーテムにその様子が刻まれているとの事。
────いやどう見ても化け物だろ
鬼のようなモンスターと下に人らしき人間が彫ってあるトーテムポールみたいなものを見てクラウディはそう思った。
「この祭りはこの時期に行うもので、魔除け、豊作、豊穣等の祈願の思いが込められております。どうかご一緒に」
「いやオーガについて────」
「まあまあいいじゃねーかクロー!飯だ飯!」
そんなことはいいから情報が欲しい少女は催促しようとしたが、アイラが祭りの準備が出来た広場を見て手を擦り合わせた。色とりどりの料理が並べられている。
カイザックもいつの間にか居なくなっており女を漁りに行ったのだろう。
少女はため息をついて民族楽器で音楽を奏で出す祭を眺めた。
『フイル村』の祭りは男性が女性を踊りに誘い、応じた女性とトーテムの周りを音楽に合わせて踊るものだった。
アイラにも村人の男が何度も近寄ったが、彼女は子供たちと踊ることが多かった。すでに酒に酔っており子供を振り回すような踊り方でハラハラする。
クラウディにも村人から踊ってはどうかと勧められたがそう言うのは苦手でただ眺めるだけ。
置いてある食事をつまみながら果実飲料を喉に流し込む。
カイザックも時折姿が見えたが、女性を誘って踊ると一緒に姿を消すというのを繰り返していた。
「クローも踊ろうぜ~」
ベロベロに酔ったアイラが酒瓶片手にクラウディの肩に腕を回した。吐く息が酒臭い。
「つまんね~な、女を誘えないんだろどうせ」
無視しているとアイラはニヤリと笑いクラウディの仮面を取り上げた。
「ははっ!こうしたら来るって!」
「か、返せ!」
彼女は面白がって遠くの方へ仮面を投げた。それを慌てて取りに行き付け直す。
「あ、あの僕と踊りませんか?」
最初に会った青年が恥ずかしそうに顔を赤らめて手を差し出した。が、横からも別の男性が寄ってきて、また別の男性が現れる。
どうやら顔を見られたらしく女だと判断した男どもが次々と踊りに誘った。
少女はたじたじとなりその場から気配を消して逃げ出した。




