第110話 ベルフルーシュの1日
雑貨屋の後は宿に戻り、荷物を置くと2人は宿の昼食を摂った。小一時間休憩して、また空袋を持って外に出る。
今度は食料の買い出しに行かなければならない。
市場へ行くと昼を過ぎているので、かなりの人が行き交っていた。
2人は出店を片っぱしから見ていき気になった食材や元男の世界に似た調味料などを大量に買い取っていく。
頻繁にアイラがオムレツが食べたいと言うので卵もかなり買い込んだ。
「ぐっ……く」
「おいおい……坊主大丈夫か?」
大量に詰めてパンパンになった荷袋はかなり重たくなんとか持ち上げるもその様子に干物屋の店主に心配された。
「クロー私の方はもう少し入るから重たいものくれよ、持ってやるから」
「……悪いな」
アイラが見かねてそう申し出てクラウディは重たい食材や瓶に入った調味料を移した。
何とか持ち上げることができ、帰路に立った。
アイラはさすが戦士だけあって汗をかくこともなく運んで行った。
宿に帰る頃には夕方となり、部屋に戻ると少女は荷物を置き、どっかりと床にへたり込んだ。
「まだまだだなぁ~」
アイラが勝ち誇ったようにニヤける。
「『無職』の俺と『戦士』のお前を一緒にするな」
息を整えると置いていた荷物をまとめて部屋の隅に置いた。
その後は風呂に入り夕食を摂った。
「明日で最後だから自由行動にする。やり残した事とかあるなら今のうちにやっておくといい」
「まじ?」
「まじだ」
アイラは喜ぶとベッドに行き何やらゴソゴソとしている。チャリチャリと硬貨の音がする。
────あ、こいつまたギャンブル行くな
いい加減自分に向いてないことに気づいて欲しいと思いつつもついて来てくれる仲間なので好きにさせることにした。ただ、また金をねだって来てもタダでは貸さない。
夜が吹ける頃、アイラは先に寝てしまい、クラウディは読んでいた本を閉じた。
今日購入したものの中から自分のインベントリへ入れるものを選別し取り出して亜空間へしまった。
荷物は何とか2人で持てるくらいには減ったが、それでも旅をするには重すぎる。しかし少女には思惑があり気にしないでいた。
続けてまた『プリムスライム』を取り出し床に落とした。
「変形」
命令し、自分の姿にさせる。何度か変形と解除を繰り返して観察していき能力を把握していった。
変形にかかる時間は約15秒、解除には10秒程かかるみたいだ。完璧に変形出来るのはまだ自分の姿のみ。あとはぼかしたものにしかならない。なにか条件があるのかもしれない。
戦闘中にはとても扱えないが、クラウディは『プリムスライム』をいずれは囮にしたり戦闘に参加させるつもりだった。
今は複雑なことは出来ず、せいぜい歩くくらいだ。
ある程度現状を把握してスライムを容器に戻すと少女もベッドに移動した。
アイラが大の字になって寝ていたので窓際に寄せて寝転がる。欠伸をするとすぐに眠りに落ちた。
2日目。朝起きるとすでにアイラの姿はなかった。
クラウディも男装をして1階に降りていった。アマンダがカウンターでゆったり過ごしているのが目に入る。彼女も少女に気づくと手をヒラヒラとさせた。
「アイラを見たか?」
「早めにご飯食べて外に出てったわよ。明日でチェックアウトだってね?」
「ああ世話になった」
ご飯食べていく?と言われクラウディはカウンターの隅で食事を済ませた。その際に仮面が気になるのかチラチラと視線を感じた。
「アイラとはやっぱりそういう関係なの?」
いいやとすぐに否定するクラウディ。同性同士何か起きるはずもない。というか起きようがない。
せいぜい友人間のイタズラ程度だ。
「ね、顔見せてよ」
ニコニコとアマンダは笑っているが謎の圧を感じた。ここでは徹底したのもあって素顔を晒したのは寝食共にするアイラだけだった。
────まあ狭い空間でバレずに過ごすのはさすがに無理だったな
「誰にも言わないから。最後だし良いでしょ」
黙っていると店主がさらに言う。
「あなたたち2人はデキてるって噂もあるし、あれなら改変に協力してもいいよ」
「デキてる……まじか」
「そりゃ一緒にいること多いし、アイラは容姿がいいから。今は他の男も寄せ付けないしね」
そんな事実無根の噂が立っているなら否定はしておかないと行けない。アイラには余計な迷惑はかけられない。もっとも本人は気にしないかもしれないが。
クラウディは辺りを見渡した。他にも食事を摂っている客はいるが店主らを気にしている者はいなかった。
少女はアマンダを近くに来るように手招きすると特に抵抗もなく仮面を取った。
「え?女の子?」
素顔を見たアマンダは驚きに目を見開いた。まじまじと見つめて少女の頬に触る。男子の顔でも期待していたのだろう。
「これで良いか?」
「え、声……」
クラウディの声が低い声から女の高い声に変化したのにさらに驚く。
「じゃあ噂の改変よろしく頼む」
そう言って仮面を付け直す少女。仮面をつけない方が良いのにと店主が呟く。
「女は生きづらいからな」
アマンダはその言葉に何か察したのかそれ以上は言わなかった。
「噂の件は適当に広めとくから期待しといて」
「了解」
クラウディは朝食を食べ終わると外に出た。
────さて、最終日。何するかな
懐かしい夢を見た。
その夢はどこかの屋敷のなかでの事で、他愛もない場面だった。
とある男が『図書室』とドアの上に書いてある部屋を見つけてノックするところから始まる。
────返事がないな
男はもう1度ノックしたがやはり中からは何の反応もない。
静かに開けて入ると、奥の窓際のテーブルの椅子に女性が足を組んで本を読んでいるのが目に入った。
長い金髪を背中に流し黒ドレスに身を包んでいる。夢だからか、顔はモヤがかかったように見ることは出来ない。
『私室ではないんだ、気軽に入れ』
男が言おうとしたことを察したのか、本に目を落としたまま口を開いた。
夢の中の男は頭をかいた。長い黒髪が目の端で揺れた。
そして近くにある本を適当に引き抜き、パラパラとページをめくった。何かが書いてあるが夢の中なので読み取れない。
何やら難しいことが書いてあった気がする。
男はつまらないと思い、元の場所に戻し、次の本を手に取る。
今度は小説。
『氷の扉』とかいうものだ。軽く読んでみたら、なかなか面白い。内容はわからないがそう思った。
ふいに笑い声がして──女性が本を読んで笑ってるのか──そう思って男は顔を向ける。
が、彼女は男の顔を見て笑っていた、
────何がおかしい?
『その本、私がここに来て最初にまともに読んだやつだ』
男は驚いて手にした本を見つめた。厚さはそれほどなく、せいぜい200ページくらいだろう。
偶然同じ本を取ったのか、しかし本はざっと数千冊はある。
不思議に感じながらも彼は彼女が座っている向かい側の椅子に腰掛けた。
テーブルの上と下には彼女が今までに読んだだろう本が山積みになっている。
今は何を読んでいるのか、女性は背表紙がボロボロになった真っ白なものを手にしていた。
表紙、裏表紙、背表紙、そのどこにも題名も何も書かれていない。
ひどく中身が気になるが、彼女はすでに没頭してるみたいなので夢の中の男は自身が手にもつ本を開いた。
彼はページをめくり、頭の中で文章を読み始めた。
────氷というのは脆く溶けやすい。しかし、それははかなくも美しく────
「んっ……」
そこでクラウディは目が覚めた。どこからか飛んできた葉っぱが、ズレた仮面の隙間に入り唇にひっついていた。
それを剥がして風に流すと、葉っぱはクルクルと回りながら何処かへと飛んでいく。
少女は酷く懐かしい夢を見た気がしたが、しかしその夢もすぐに消えてしまい思い出せなくなった。
────寝てしまったか
外はすっかり夕焼け色に染まっていた。
少女はゆっくり落ち着ける場所に行こうと、観光名所だと言われている『ベルの塔』へと来ていた。
ベルフルーシュにある塔の一つで中央広場にある展望台だった。長い螺旋階段を登った先にデッキがあり、街全体を見渡せた。
デッキには端にはもちろん転落防止に柵があり、そこかしこにテーブルや椅子があった。
その一つに少女は座り、本を読んでいる内にいつの間にか眠ってしまったのだ。
開いたままの本のページも34とまだ序盤だった。
街の人々は娯楽に忙しくこんなところには来ないのだろう。デッキにいるのはクラウディ1人だけだった。
街は夕暮れに呼応するかのように至る所で光が点滅したりするのが目に入る。喧騒は流石にうるさいほどではないが、高い塔まで聞こえて来るのは流石というべきか。
────見納めとしてはいいな
クラウディは少しの間街並みを眺めていたが、やがて本を閉じてインベントリに閉まった。
時間的に19時前といったところだろう。そろそろ帰らなくては。
クラウディは出口へ向かい、長い階段を降りていった。




