第11話 外へ①
クラウディは以前死にかけた近くの湖から這い出した。
湖は老婆の言った通り半分潜ったところで身体が底に引っ張られ、かと思えばいつのまにか上昇していた。
少女はずぶ濡れの衣服を脱いで体を乾かし、サラシを巻いて以前着ていた旅人の服に着替えた。老婆が夜な夜な編んでいたのはその服の一部であったらしく、ボロボロのだったのがすっかり見違えている。
水着はどうするかと悩んだが、せっかくもらったものは捨てられず乾かしてインベントリに入れた。
彼女はインベントリから水に濡れないように一時的にしまった自身の荷袋を取り出して背負った。
インベントリは中に物を入れると時間の流れが遅くなるみたいで食料等もかなり長持ちするらしい。故にかなり貴重で持っている人は少ない。
なのでインベントリだけで旅をするとすぐに目をつけられるらしく、必ず自分の日用品等は自分で背負うよう老婆に言われていた。
湖の周りには何も気配はなく、ゴブリンの死体も片付けられていた。おそらくフロレンスだろう。
湖エリアの入り口に立つと一度荷物を確認し、背負い直すと湖を一瞥して後にした。
クラウディは湖に来た時の道を辿りながら南下していった。
途中見覚えのある大きな木を発見する。
フロレンスのところへは3ヶ月程おり、気候も少し暖かくなっていた。
彼女は被っていたフードを取り、小休止した。荷物からフロレンスが持たせてくれた弁当を味わって食べる。荷物には弁当はもう一食あり、あとは保存のきく干し肉やパンなどだ。
火を起こすのは他の森では魔物よけにもなったそうだが、この死の森では逆効果になるらしく、あの時火を起こせないで正解だったと今では思った。
そうでなければ今頃モンスターの餌になっていただろう。
警戒していたが今のところ生き物には遭遇していない。
小休止もほどほどに、陽が登っているうちにもう少し進むために出発した。
いつかの小川の源泉まで来たとき、翼の生えた小さい小鬼に遭遇した。数は3匹で辺りをしきりにに見渡している。少女は木の上で息を殺して様子を見たが、足元の枝が急に折れて下に落下した。
小鬼たちは当然気付き、逃げ出そうとした少女を取り囲んだ。
彼女はすでに両手にシミターを構えており、左右に視線を走らせた。
1匹の小鬼が何か指示を出すと左右から他の2匹が突進する。手が鋭く長い鎌へと変形させて振った。
少女は身を捻って鎌と鎌の間を飛んですり抜け、そのまま遠心力で腕を振る。2匹の小鬼は斬り刻まれて地面に沈み、残る一頭が逃げるまもなく勢いのまま首を刎ねられた。
ふぅっと息を吐くとクラウディは剣をしまった。
元男の時のような動きに近づいていると、そう実感し拳を握りしめる。
少しの間他の2匹は痙攣していたが、そのうちに絶命した。変形した腕はそのまま残っている。
────グレムリンみたいだな
少女は元男の時の記憶に、似たようなイラストを見たことがあった。それは緑色のゴツゴツした肌に鬼のような顔面だった。眼前で転がる死体もそれと似ている。
彼女は観察もほどほどにそのままその場を後にした。
その後も何事も無く進むと思った矢先、不思議な生き物に遭遇した。体高、体長2mはあるだろう鳥が木々の隙間から見え、水を飲んでいた。全身が白く、顔面は鋭い嘴から目元にかけて赤いラインが入っている。翼の端は黒い羽毛で縁取られていた。ぎょろぎょろとした目はしきりに辺りを窺っていた。
少女は気配を消し、岩陰に隠れた。無駄な戦闘はさたかったのだ。少し様子を見るがなかなかどこかへ行かない。
────迂回するべきか
そう思ったが謎の鳥は何か啄むと空へと飛んでいった。
少女はまた戻ってこないかと少しの間身じろぎひとつしなかったが、ようやく岩陰を出た。
先程鳥がうろついていた辺りに足を向けた時、ふと鉄のような生臭いような臭いがした。
────これは
木の影に隠れていたが、鳥がいたところに鎧を着た人間が転がっていた。
近くまで行くとヘルムが半壊し、頭に穴をあけられて死んでいた。
鳥は死体を啄んでいたのだ。
「ぐぁああぁ!!!」
突然の悲鳴にクラウディはびくりとした。
小川のさらに200mも離れていない、下流の方から金属音が鳴り響いた。
────どうする?いくか?
面倒事はごめんだと呟きながらも、少女は気配を消して向かった。
先程の鳥だろうか、少し開けた場所で先程と同じような鳥と複数の騎士が戦っている。鳥自身も複数の傷を負っており、完全に優勢とは言えない。
クラウディはもう少し近づき、様子を伺った。
地面には何人も騎士が倒れ、残るは3人だけだった。
騎士を助けるべきかと思ったが、鳥が決死の思いで暴れ回り残りの騎士もバタバタと倒れていく。
少女は半身の剣を納めた。
────悪いな……間に合わなかったか
騎士にトドメを刺すと、巨大な鳥は荒い息をさせながら周囲を見渡し、一際大きい鳴き声を上げると死骸をひとつ咥えてどこかへ飛び立って行った。
身を潜めていた少女も長居は無用だと離れようとする。しかしどこからか呻き声がした。
騎士たちの中心に格好が違う男が蹲っていた。シルバーとゴールドの織り混ざった華やかな鎧には血飛沫が散っており、華麗な金髪の頭からは血を流している。
「生きてるか?」
「……だれ……だ?」
少女が姿を現し声をかけると、絞り出すような低い声が返ってきた。整った容姿をしているが、目が虚で焦点があっていない。
────どこかの貴族か?
続けて少女が状態を問うが、既に気絶しており、辺りを見渡すと放置するわけにも行かず。彼女は荷物をインベントリに入れると彼を背負った。
「う、重い」
長距離は無理だと、上の鎧だけ剥ぎ取った。流石に大きすぎてインベントリには入らないためその場へ捨てる。
そうこうしていると鳥の鳴き声が再度聞こえ、少女は慌てて気絶した男を背負い直し、小走りで森の出口の方向へ消えた。
どれくらい走っただろうか数時間は走りっぱなし────途中応急処置だけは済ませた────で陽もすっかりと落ちていた。走りっぱなしと言っても人1人背負っての速度なんかたかがしれているため50キロも進んでいない。せいぜい2、30キロという所だろう。
だがもう鳥の鳴き声はしないし、敵の気配もしない。
クラウディは木に寄りかかると男ごと地面に倒れ込んだ。
「はぁ……ここまで来ればいいだろ」
しばらく息を整えた後、男を木の側に横たえ改めて状態を確認した。
────呼吸あり、脈あり……頭の傷以外は大した事ないな
インベントリから綺麗な水を取り出して男の頭を拭き、フロレンスからもらった傷薬を塗って包帯を巻いた。本来なら縫うべきかもしれないが、生憎道具がなかった。跡にはなるかもしれないがどうせ魔法で治すだろうと気にしない。
────顔いいなこいつ……腹立つな
整った容姿を少女はパンを食べながら眺める。男は今は落ち着いて眠っているようだ。
「ていうか、勢いで連れてきてしまったが」
────どうするかな
身分の高そうな男で、面倒事の嫌いな元男はため息をついた。
────幸い姿は見られてない……はず
彼女は思い立ったが吉日といそいそと食事を済ませるといくらか備品を男のそばに置き、襲われないよう草でカモフラージュすると荷物をまとめて森の出口を目指した。
────まぁ、死んだら死んだで大丈夫だろ
少女は夜も歩き続け、眠りについたのは翌日の夕方だった。