第108話 カイザックの要求
「おい」
カイザックはアイラたちの宿のドアを開けて立っていた。
クラウディとアイラは夕食を摂っていたところで、2人は時が止まったように動きが止まった。
彼は足音高く近づき、アイラを押し退けるとドッカリとその椅子に座る。
「てめー!何すんだ!」
床に突っ伏したアイラは時が戻ったかのように吠えた。
「俺様を待たせるとはなかなかやるなクロー。何の連絡もしないとはな」
カイザックはその声は無視して腕組みした。
「まだ明確に決めてなくてな……決まり次第またそっちに行こうと思ってたんだが」
何の連絡もしないままだったな、とカイザックの元から帰ったあとにまずいかと思ってはいた少女。
少し声音に凄みがあり怒らせてしまったかと頭を掻いた。
彼はどうだかと鼻を鳴らし部屋の中を見渡した。何か探るような視線だった。
「おいどけよ」
アイラがナイフとフォークを持ったまま青筋を立てカイザックを見下ろした。また喧嘩になるかと思ったが彼はすんなりと立ち上がり今度はベッドに腰掛けた。
「てめ、帰れよ!クローがまた連絡するって言ってんだろ!」
「いーや、今ここで決めろ」
前言撤回。2人は今にも喧嘩になりそうだった。
「み、3日。3日後。いや4日目にアーベルに向かう。それでいいか?ああでも場合によっては前後する。それはまた連絡する」
クラウディは慌てそう言った。1日目はギルド依頼に護衛依頼がないか確認と必要なものの補充。2日目もギルドに寄るのと観光。予備日として3日目。
ざっと頭に思い浮かべた計画だ。護衛依頼があれば依頼者によっては日程が変わる。
「ま、良いだろう」
あっさりと彼は了解し、今日はここに泊まるかなとゴロンと寝転がった。
それを見たアイラが今にも飛びかかりそうだったのでクラウディは慌ててカイザックを起こすと外まで見送った。
「じゃあ3日後」
「待て、少し付き合え」
彼はすぐに戻ろうとした仲間の腕を掴んだ。クラウディは表情を見て彼に少し待つように言い、アイラに出かけてくる旨を伝えると────行かなくて良いだろ!と喚いていたが────再び外に出てカイザックについて行った。
カイザックはクラウディの歩幅に合わせて割と静かめの路地を選んで歩いていった。
「それで、何か話があったんじゃないのか?」
クラウディは立ち止まりそう言った。ただ歩きたいわけではないだろう。案の定彼も足を止め近くの壁を背にもたれかかった。
「ああ、お前は4日前後と言ったが護衛依頼でも探す気だろ?」
考えを読んでいたのか彼はそう言い、図星だった少女は頷いた。
「情報屋として言うが今はアーベル方面の依頼はない。もっと正確に言うなら今日、その依頼は他のパーティが受けてなくなった」
────まじか
なら正確に4日後になるなと少女は腕組みした。しかし今日とはタイミングが悪い。もし先に探していれば受けられたのにと残念に思った。
────いや待てよ?そういえばマティアスたちがギルドに集合する予定でアーベルに行きたいとか言ってたな
クラウディはもしかして依頼を受けたパーティはマティアスたちではないかと考えた。
パーティに入れて貰えばよかったなと今更に思う。
「もしかして代案があるのか?」
わざわざ歩いてまでこの話をしたということは何かあるに違いないと期待する少女。しかし期待と裏腹にカイザックは肩をすくめた。
「俺は日数を確定したかっただけだ」
それをきいてクラウディはため息をつき踵を返した。が、また腕を掴まれる。まだ何かあるのだろうか。
「お前、アイラとは一緒に寝ているのか?」
「…………まあ同じ宿だからな」
「山賊の件から思ってたが、正直俺の目を忍んでイチャイチャしているなら我慢ならん」
「何故?」
女同士でどうイチャイチャするのだと思うが、クラウディが女であるのは彼は知らない。よく一緒にはいるためそう見えるのだろうか。
「俺は女が好きだ。男は死んでしまえと思っている。その俺がこれから先長旅で耐えれると思うか?」
「それは……」
女好きの彼を連れ回すのは半ば禁欲を強いるものだ。男としてキツイものがあるかもしれない。
せっかくアイラという美少女がいるのだからその巧みな言葉でなんとかすれば良いじゃないかと思うが少女は口には出さなかった。彼らの過去を知らないのだ。下手なことは言えない。
「条件追加だ。アイラとは距離を置け。せめて寝る時は俺と同じテントで寝ろ」
────げっ……
酒飲んで全裸で寝るような男とは、たとえ少女が男だったとしても抵抗があった。男の裸なんて見たくもない。しかし確かに性別を隠してはいるが男が一緒に寝ないというのもおかしな話である。
「お前のテント、タバコ臭いから断りたい。俺も別のテント使えば良いだろう」
「ダメだ。荷物がかさばる。タバコが嫌ならそっちでテント用意しろ。それに寝てやる。守れないなら俺は行かないぜ?」
────そうきたか
「…………わかった」
インベントリの事は話すわけにいかず、取り敢えず嫌なタバコの臭いは回避できるのでそれでよしとした。
「は?!旅の間はカイザックと寝るって……?」
カイザックと別れて宿に帰った後やり取りを話すとアイラは驚いて声を上げた。
「ああ、じゃないと行かないらしい。まあ禁欲を強いられるもんだからそれくらいは別に────」
「女とはバレてねーよな。まあ確かに?私とクローが同じ屋根の下で寝泊まりしてるからそう強いるのもわかるけどよ……デキてるって思うだろーが……けどあいつと寝るのはさすがに」
「離れて寝れば大丈夫だろ」
「うーん……気づいたら孕まされてるってことになってたら洒落になんねーけどなぁ」
────は、はら?
そんなことは想像もしたくないなと身震いした。しかし仮に襲われたととしても返り討ちにする自信はクラウディにはあった。多分大丈夫だろう。
「明日は色々買い出しに行くからついてきてくれるか?」
「いいぜー」
2人は行く店を話し合って決め明日に備えるため早めに風呂を浴び、床についた。
その日は並んでベッドに横になるが珍しくアイラは少女に抱き付かず少し距離を置いていた。
「なにかあったか?」
クラウディは背を向けたまま聞いた。
「別に……」
先程までは元気だったが今は声に力がない。眠たいのか、余程カイザックが嫌なのか。
少女はそれ以上は何も言わず目を閉じた。明日も早いのだ。




