第107話 マティアス②
10分ほどして怪しい店が並ぶ場所へと連れて来られるクラウディ。とある路地を通り過ぎた時、マティアスが、一旦戻ってそこを覗いた。
そして少女を手招きする。何だと口を開こうとした時人差し指を口元に持っていき静かにするように合図した。
────何なんだ……?
そして路地に入り狭い通路を進んで行くと生臭い臭いが漂い出し、何か木の壁が正面を塞いでいた。その2m程手前には女の人が立っている。お世辞にも美人とは言えない。
板は路地にピッタリと収まるサイズで高さは3m程。木の板には目の高さより少し低い位置に卵大の穴が二つ並んで空いている。
その板の穴より下の方はいくつも何かのシミができていた。
「2人分ね」
「あいよ10分ね」
マティアスは近くの女の人と何か話し金を渡したようだ。
そしてその穴を覗く。おぉ、と声をあげて食い入るように少しの間見つめた後、後ろにいたクラウディにもどうぞと譲る。
少女は一体何なのか分からないままその穴を覗き込んだ。
────……女?
覗いた先に見えるのは、薄い下着姿で木の椅子に座る女の背中である。20代前後に見える。
「……?」
これの何が楽しいのかと思っていると女性はゆっくりと少女の方に身体を向けた。胸は大きく、顔もかなりの美人だ。ただ下着は前の方は恥部に穴が空いており丸見えだった。
ゆっくり胸に手をやって自分で揉み出す。
「っ?!」
クラウディはそこで身体を離しマティアスを睨んだ。ここがどういう場所か理解したからだ。
おそらく男性が女性を見て楽しむ場所なのだろう。かなり攻めた場所のようだ。
「あ、あれ?気に入らなかった?べ、別の場所に行こうか」
何も言わずに睨んでいるとたじろいだマティアスが頭に手をやりながら場所を移動した。
快楽の街という程だからそういう場所も多いのだろうが、興味のない者にとっては少し苦痛である。
「さっきはごめんね!改めて自己紹介しようかな。えー俺はマティアス!こう見えてランクAなんだ、よろしく!」
とある店に入ると彼は柔らかい長椅子に座って手を差し出した。
「…………」
「どうしたんだい?あ、もしかしてお腹すいてる?」
マティアスはウェイターを大声で呼び初めて聞くようなメニューを適当に頼んだ。
ウェイターはかしこまりましたと一礼し厨房へと消えていく。
「改めてよろしく!」
再度彼は手を差し出した。クラウディは見つめるだけで握りたくは無かった。
「あれ、なんかいけなかった?」
「……こういうとこは好きではない……な」
「あちゃ~ごめん。男なら皆んな好きと思ってて」
クラウディも知らずに入ってしまったが、かなり際どい衣装を着た女性がそこかしこを歩いていた。
若い年齢~中年男性が客としてきており、接客する半裸のウェイトレスの尻や胸を触ったりしていた。女性も言葉では嫌がるが冗談じみており逃げる気配もない。
ここはそういう店なのだろう。先程の場所よりはずっといいが。
────最初の案内人がウェイターだから油断したな
「じゃあやっぱり出る?あ、でも金払っちゃったしその分くらいは居よう、うん」
やってしまったと頭を抑えるマティアス。しかし本当にそう思っているのかと少女は訝しんだ。
そうしているうちにウェイターが飲み物を持ってきた。透明な細長いグラスに青い透明な液体が注いである。ストローみたいに丸まった茶色いものも添えてあった。カイザックのところで見たフラムというものだ。
────これはジュースか?
「酒の方が良かったかな?」
「いや、酒は苦手だ」
クラウディは酒でないとわかるとグラスを手に取り、仮面の隙間から一口口に含んだ。甘いがさっぱりとして飲みやすい。
マティアスも同じものを鎧の隙間から飲んだ。
「……それ、飲みにくくないか?」
少し間を置いてああ、と思い出したように彼は自分の兜を指差した。
「もう誰もツッコむ人がいなかったから忘れてたよ。まあちょっと古傷がね……君も変わった仮面をしてるね」
「そうか、俺も傷がな……」
Aランクの彼のことを知らないのはここら辺ではクラウディくらいだろう。少女は余計は詮索はしないよう黙った。自身も詮索はされたくない。
「見るかい?」
しかしマティアスは突然そう言って兜を脱いだ。少女は驚いたがしっかりと見てしまう。
髪は短髪で白に近い黄色。やや面長であり目は垂れ気味で優しい印象を受けた。良くも悪くも普通の顔だったが、その普通の顔に右上から左下にかけて大きな傷跡があった。
彼は凝視するクラウディを見て微笑んだ。
「触ってみるかい?」
「え、いや……じゃあ少し」
マティアスは少し前のめりになり顔を少女に近づけた。少女は手を伸ばして彼の顔に触れ傷を指でなぞった。
相当深かったのだろう、やや骨がへこんでいる。傷跡自体は柔らかくフニフニしていた。
傷を癒す魔法のあるこの世界でなぜ傷跡が残っているのかと少女は不思議に思った。
治すのが遅くて残ってしまったのか、しかしそれでは出血多量で死んでしまうだろう。その場で縫ったに違いない。
「はは、くすぐったいな」
「……悪い」
熱心に観察していた少女を見てマティアスは屈託なく笑った。
────ここまで晒させてしまったんだ。俺も見せるべきか?
仮面に手をかけた時、マティアスは首を振った。
「気にしないでくれ。俺が勝手にやったことだ。それに君は……いや何でもない」
マティアスは目を伏せ兜を被り直した。
「その傷は何故残っている?ヒールしなかったのか?」
「……これは俺の罪だ」
「罪?」
「恋人を死なせてしまって────おっとしけた話はやめよう!あ、菓子がきたぞ」
続きが気になったが、今度は半裸の若い娘がタルトのようなものを持ってきた。
フルーツが乗っておりシナモンのような甘ったるい匂いがした。
美味そうな匂いに食べようとしたが、持ってきた娘がクラウディの隣に座った。年齢は大体自分と同じくらい。続いて別の大人の女性も来てマティアスの隣に座る。
「はい、あ~ん」
娘はタルトを切り分けると少女の口元にスプーンを近づけた。しかし仮面が邪魔で、彼女は仮面を取ろうとする。
助けを求めるようにマティアスの方を見たが兜をとって鼻の下を伸ばしていた。
────こだわりはないのか……
クラウディは娘の手を跳ね除けたがその際に覆い被さってきて長椅子に倒れ込んだ。
「ここはこういう店だから少しくらい激しいのも大丈夫だよ」
娘は四つん這いになり胸を晒した。それを見てクラウディは身体が固まった。
「あー!!こんなとこにいた!この馬鹿!」
「げっ!ラミー!?」
突然大声が聞こえたかと思えば、マティアスの横に光る杖を持ち、色白の肌をした魔法使いらしき女性が立っていた。深緑のローブを着ており、綺麗な髪飾りを長い金髪につけている。表情は険しく怒っているようだ。
ラミーと呼ばれた魔法使いは纏わりつく半裸の女性たちを手で追い払い、杖の光を消してマティアスの頭を殴った。
「痛っ!!」
「なんでギルドにいないのよ!皆んな待ってたのに!」
「ごめんごめん!つい!」
「ついじゃないよ!またアーベルに行くんでしょ?!今度こそ────」
「アーベル?」
クラウディが反応して口を開くとラミーは少女の方に顔を向けた。
「ん?この人は?」
「ああ、ほら例のAランク冒険者アイラの連れだよ」
「え"、あの闘神の?!」
ジロジロと彼女はクラウディを見るとニコリと無理矢理笑った。
────わかりやすい作り笑顔だな
嫌われてるなと思い立ち去ろうとした時に待ってくれとマティアスに腕を掴まれる。
「どうかな?うちのパーティに来ないか?もちろんアイラも一緒に」
クラウディは突然のパーティ勧誘に動きを止めた。マティアスもAランクだったはずで、必然的にパーティもAランクだろう。
彼らもきっとアーベルのダンジョンが目的のはず。組めばずっと楽に攻略出来るのではないか。
「え?!それ冗談じゃ無かったの?!みんなが何でいうか……」
「いやいやアイラの力はすごいし、クロー君もグレゴールからすごいって言われてるからさ」
「いやでも急にダンジョンに潜るって言っても困るだろうし、やっぱりみんなが────」
「……せっかくだが断る。俺には目的がある。じゃあ失礼する」
ラミーの発言から仲間に入ったとしても仲良くはできそうも無かったので少女は断った。
「……そうか」
マティアスは少し残念そうだが、すんなりと腕を離した。クラウディは仕方ないよなと思いながらも足早にその場を後にした。
「怒らせちゃったかな?」
「うん、仕方ないさ。貴重なAランクだったけど……俺たちだけで行こう」
マティアスはバツの悪そうな表情をするラミーの頭を撫でた。




