第104話 男か女か①
3日後の昼────
カイザックはテントの中で特にすることもなくダラダラと過ごしていたが来客があったようで娼婦のキャシーが彼に耳打ちした。リニアとナキはわずかに微笑んでいる。
「入ってもらえ」
カイザックのいるテントは大きなロッジテントで中は10畳くらいの広さだった。絨毯が引いてあり、1番奥の背の高い椅子に座るカイザックの目の前には豪華な足の低いテーブルがあった。テーブルの上には酒やら果物やらが置いてある。
テント内側の出入り口には仕切りがあり、その影から見知った姿が目に入った。仮面を被った小柄な男のクローだ。
確認したカイザックはテント内にいる他の仲間を外に出した。
「よお、5日ぶりくらいか?」
2人だけになるとカイザックが手招きし、仮面の男は辺りを見渡しながら目の前に来た。
座って楽にするように言うと特に抵抗もなく絨毯に胡座をかいて座った。
────ん~、どう見ても男か……
一度は割り切ったもののカイザックは仮面の男が女なのではないかとまだ疑っていた。
動作や言動から片鱗がないかと目を光らせる。
道具を使って無理矢理知ることもできなくはないがそれでは面白くないし、もし本当に男だったらとんでもない恥晒しになるのは自分なのだ。
────そんなことは女好きとしてあってはならない
相手に悟られず丸裸にする。これは情報屋としてのプライドもあった。
「それで、なんだ?またクエストか?今度はどこにいく?」
「え?あ、いや」
「……?」
どもる仮面の男のその様子にカイザックは片眉を上げた。なにか話しづらいことであるのは手に取るようにわかった。
「てっきりクエスト報酬を渡しに来たのかと思ったんだが?」
「あー、それはまだ時間かかるみたいで」
────声はやはり低い
とても演技で出せる声ではないだろう。漂ってくる匂いも男物の香水で判別は難しい。犬とかなら嗅ぎ分けられるのかもしれないが、今は難しい。
「そうか……取り敢えず酒でも飲むか?」
「いや酒はちょっと……」
「ああダメだったな。果実ジュースとかでいいか?」
カイザックはスチール製のグラスを取り出して仮面の男の前に置きジュースを注いだ。
仮面のままじゃ飲みにくいだろうと、風味を楽しむ『フラム』も一緒に刺しておく。
それを見て首を傾げる仮面の男に説明もする。
フラムはとある木の皮の内皮を削ったもので丸めて乾燥させると甘い風味が出る。それを通して飲料を飲むとかなり飲みやすくなり美味い。
それを聞いて仮面の男は仮面をずらして咥え、ジュースを飲んだ。その際に口元が見えカイザックはもう少し見えないかと角度を変えてみる。
口は小さく、薄いピンク色。化粧はしておらず肌質も若々しい。まるで女のような────。
「なるほど、甘いな……ん?」
カイザックは男の仮面が元に戻ると素早く元の体勢に戻り足を組んだ。
「で、何の用なんだ?」
白々しくカイザックが言うと仮面の男は頭をかいた。辺りを見渡し、少し間を置くと口を開いた。
「もう少ししたらアーベルに向かおうと思ってな」
その言葉だけでカイザックは何が言いたいのか理解した。仮面の男はアーベルまでついてこいと言うのだ。
おそらく仮面の男は例の約束を履き違えているみたいだった。『一緒に来い』と言う言葉は一生とまでは行かないが、それなりに長い間付き合うつもりだった。
仮面の男は歩く情報を捕まえたつもりだっただろうが、カイザックとしては未知の情報を捕まえていたのだった。特に新しいゲームなんかは金儲けにもってこいだ。全て抜き取るまで離すつもりはない。
そう、仮面の男は『アーベルに行くから荷物をまとめておけ』と言えばそれで良かったのだ。
先の言葉を続けない、勘違いしている相手にカイザックのイタズラ心がくすぐられた。
────どうするかな……
素顔が見たかったが、さすがに応えないだろう。
カイザックはイタズラを思いつくと再びグラスを出して酒を注ぎ、タバコを仮面の男の前に置いた。
「俺は酒とかタバコは────」
「少しで良いからやってみろ。それでお前の話を聞いてやる」
隅に退けようとした仮面の男の手が止まる。少しの間酒とタバコを交互に見た。少しとはどのくらいか、やる価値はあるのか、毒はないのか。
────とか考えてんだろうな
カイザックは悩む相手を見てニヤニヤと笑みを浮かべた。言葉遊びは彼の好きなものの一つだ。『話を聞く』とは言ったが『願いを聞く』とは言ってない。
おそらくそれを踏まえた上でやる価値があるのか吟味しているのだろう。
しかし仮面の男は仮面をずらすとグラスをグイッと酒を一口煽った。グラスを置くが飲み込んでおらずしばらくそのまま固まる。
が、やがてごくりと飲み込んでえずいた。続いてカイザックが蝋燭に火をつけて目の前に置いた。
仮面の男はタバコを指で摘むと、慣れない手つきで火をつけて少し見つめた後咥えて少し吸った。
その瞬間に咳き込んでえずいた。
それを見てカイザックはゲラゲラと笑った。仮面の男はえずきながらも彼をギロリと睨んだ。
「おお、怖い怖い!さすがアイラの手綱を引くだけはあるな」
言いながらカイザックは仮面の男の見える肌を観察した。
────反応はないか……いや
見える肌がわずかに赤くなっておりやはり酒には弱い体質だと判明した。
「で、何だっけ?ま、大体言おうとしてることはわかるし、元々ついていくつもりだったが」
その発言にクローは遊ばれたことを理解し拳を握りしめた。
「アーベルに行くからお前も……いや荷物をまとめておけ」
ゲラゲラと笑うカイザックに仮面の男は口調を荒げ、立ち上がると────少しふらつきながら────足早にテントから出て行った。
クローが出ていくとすぐに娼婦が3人と護衛が中に入ってくる。心配そうにしていたがカイザックはやれやれと肩をすくめ、彼らに話があると座ってもらった。
これからのことをまだ話しておらず説得は大変そうだなと思いながら、彼は順を追って説明を始めた。




