第102話 ブレッドとアイラ
「『魔鋼』って武器にすると攻撃魔法をある程度弾くから防御にも使えんだよ」
クラウディとアイラは酒場へと来ていた。中は満席だったので外のテーブルへと座っていた。
アイラは『エール』というビールのような飲み物を片手に意気揚々と喋る。少女は果実のジュースを頼んで飲んでいた。
時折アイラは道行く冒険者から挨拶されていた。それにおうっと手を上げて返事しすぐに目の前に向き直る。
「『ミスリル』はどうなんだ?」
「ミスリルは魔鋼の上位互換って考えていいと思うぜ。それ単体で使うもよし、鍛冶屋に持って行って属性付与してもらうもよし。といっても属性武器なんて作れるやつはほんと一握りだし材料も貴重だからなかなか持ってるやつはいねーけどな」
ウェイターが持って来た肉料理にアイラは待ってましたと手で持ってかぶりついた。
────属性武器か
クラウディも毒属性の『ヴェノムフリッカー』を持っている。迷いの街のオークと『死星』相手にしか使ってないが効果は大きくこれを作れるドワーフのスコットは実はかなりすごい人物なのではと思い始めていた。
今思えば属性武器を使えば楽だっただろう戦闘がいくつかある。ただ元男の時からそうだが、戦いを簡単にしてしまうと本来の自分の戦闘の勘が落ちてしまうので、多用はしないことを決めていた。
属性武器と剣に宿る謎の力はあくまでも最後の手段として置かなければいつの日か自分の首を絞める事になる。
元男の時にはそんなことがあった気がした。
「アイラは何故『ライアク』を普段から使わない?制限をかけてるのか?」
「ん?……あぁいやそれは……」
「良かったら少し見せて欲しいんだが」
アイラは言われて手を止め、辺りをキョロキョロと見渡した。椅子を移動させてクラウディの隣に座る。
「あまり公に使うと面倒臭くなんだ」
アイラは声を潜めた。
「……?」
「自慢じゃねーが、私は実質Sランク冒険者って言われてるらしくてさ。あまりランクにはこだわってねーんだけどSランクって上がると国から制限をかけられるみたいなんだわ」
それは初耳だとクラウディは驚いた。冒険者というのは自由な職業だと思っていたのだから当然だ。
「どう制限かけられるんだ?」
「あー難しいことはわかんねーが……国からの依頼が多くなって長い間それに付きっきりになったり、他所の領地に入る時は事前に連絡したりしないといけなかったり……とにかく面倒なんだ」
────それは面倒だ……
「……ん?それと武器は何か関係あるのか?」
「Sランクに上がる条件ってのがあってな。そのひとつに強い武器の所持があるんだ」
「ああなるほど」
つまり世間に強い武器をひけらかすと強制的にSランクへ上がってしまうかもしれないということだった。
「他にも何か条件があるのか?」
「あーまあ、職業の奥義スキルの発現とかかな」
「『七星剣』とかか?」
クラウディはブレッドが使っていた回避不可のブレイダースキル『奥義・七星剣』を口に出した。それを聞くとAランク冒険者は目を見開いた。
「クロー、奥義持ちと殺り合ったのか?それブレイダーのやつじゃん」
少女は興奮様のアイラに話して良いか迷ったが、情報がもっと欲しく、掻い摘んで話した。護衛依頼の件と『魂喰らい』に操られたブレッドと戦ったことなど。ただ自分の謎の力のことや死星の件については伏せておく。
「Cランクの、いやその時はDランクだっけ?やり合えるって実はクローも実質Aランク級ってことか……いやどうりでいつもスムーズに、いやでも────」
ぶつぶつと独り言のように喋るアイラ。
「あー!でもブレッド、くそ!あいつも奥義発現してたのか……前会った時は無かったのに!しかもその感じユニークになってるっぽいな」
「ブレッドとは知り合いなのか?」
アイラは頷いて話し出した。Bランクの時に各々のパーティ同士で、些細なことでぶつかることがありその時に対峙したらしい。実力はほぼ互角だったが、実践歴の多いアイラに軍杯が上がったそう。
冒険者間の争いは厳罰対象のはずだが、それを少女が指摘するとどちらも悪いところがあったためお互い無かったことにしたらしい。また、例外として立会人がいるならお互い合意のもと決闘は可能とのこと。
────示談ですむなら越したことはないか
「スキルって進化するのか?」
この世界にあるゲームのような『スキル』。仕組みはいまいち分からないが、元男の世界の技術と違って発動してしまうと途中でやめたり方向の転換などが効かないようだった。
「進化っていうか次の技に変わるって言った方がいいのかな。使うやつによっても練度で威力が変わってくるし。でも奥義は唯一進化があって、ノーマルとユニークがあんだ。ユニークも個人差があってオリジナル技と思って良いんじゃねーかな。基本的な骨格は変わんねーけど」
「つまり各職業にはその職業ごとに共通のスキルと、奥義スキルがあるということか」
ユニークスキルは普通の奥義スキルとは少し仕様が違うと思った方が良いだろう。ブレッドの奥義スキルはアイラに聞く限り地上技だったらしい。
つまり空中で繰り出すのはブレッドのオリジナルということだ。
「クローはなんかスキル使えんの?」
少し落ち着いたのかアイラは食事を再開した。頬張りながら聞く。
「俺は『無職』だからない」
言おうか迷ったが、仲間には伝えておくべきだろうと教えた。
「ぶっ!」
それを聞いてなのかアイラは咀嚼していた口内のものを吹き出した。クラウディの料理全般にかかってしまい、少女は凍りついた。
「む、むしょ────」
アイラは周りを見て口を閉じた。再び声のトーンを下げる。
「『無職』ってまじかよ?そんなんでブレッドとやり合ったのか……」
「うっ……そんなにまずいのか?」
クラウディは汚れてしまった料理をアイラのものと入れ替えた。見た目からしてとても食べられない。
「無職ってのは職業の恩恵が受けられないから冒険者になってもすぐに死ぬか、やめるやつがほとんどだぜ?それがAランクとやり合うなんて、すげーな!よくわかんねーけど!」
少女はアイラの食べかけの料理をつついた。アイラもクローの食べかけの料理を気にせず食べる。
「お、これもうまいな!んぐ、ぐ。けど無いと思うけど『無職』のことは言わない方がいいな」
「やっぱりそうなのか?」
「よく思ってないやつもいるし、それだけで合同になった時とかレイドで弾かれるかもしれないからなぁ」
「……アイラは別にいいのか?それにブレッドの話も嘘かもしれない」
それを聞いて首を傾げるがアイラ。ふいに声をあげて笑った。
「ははっ、あのブレッドに勝ったやつを雑魚っていうなら私も雑魚になるじゃねーか!勘弁してくれよー!」
それに、と付け加える。
「私はクローを信用してるからな、騙されやすいやつは尚更大丈夫だろうし」
────誰のせいで……
だが、クラウディにとって屈託なく笑うアイラは少し眩しかった。
「……そうか」
『信用』という言葉に少女は胸の辺りがくすぐったくなった。よく分からない感情に困惑するが、嫌なものでは無かった。
その後はアイラは酒を飲んだりつまみを食べたりしながら、他の冒険者のテーブルへ行って荒らしたりもして過ごした。クラウディは本を読みながらアイラが潰れてないかと時折目をやっていた。




