第10話 紫の魔女②
フロレンスは最初、湖でゴブリンに襲われていた少女を見過ごそうとした。
名もない冒険者や旅人がゴブリンに襲われるなんてことはよくあること。
故に少女を助けたのはほんの気まぐれだった。
しかし今思えばそれは贖罪のようなものだったのかもしれない。自分がしてきた事に対すること、犠牲になった人々に対する事で。そうすることで自身をごまかそうとしたのだ。
本当は手当てだけしてすぐ外に放るつもりだった。子供なんか嫌いでしょうがなかったからだ。しかし、やけに大人びた変わった男女に徐々に惹かれ、何か芽生えていくのを感じていた。
子どもを成してない自分にとって、もしかしたらこれが親心というものかもしれないと思い始めていた。
そう感じはじめてからは一層少女が可愛く見えて仕方なかった。
まるで本当の子供のように。
だから自身と戦わせるのにかなり迷った。少女には少女のやるべき事があり、越えてしまったらきっとどこかに行ってしまうから。
『我を置いていくな……』
少女は夢を見ているのかと辺りを見渡した。真っ白な空間に少女と何かがポツンと揺らめいている。
近づくと徐々に形がはっきりして、よく見ると以前の少女に憑依する前の男の姿だとわかった。
『一緒に……』
姿は男だが発する声は女だった。伸ばされる手に少女が触れると意識が遠のいていった。
「はっ!」
クラウディはその瞬間に飛び起きた。何かが身体に入っている。そんな感覚があった。しかしその感覚もすぐに馴染みよく分からなくなる。
少女は自身の身体を調べた。無数の傷がなくなり綺麗な状態となっている。
────一撃は入れられたようだな
ふぅっと息を吐くと、立ち上がって荷造りをする。行かなければ。
「あらおはよう」
部屋を出ると老婆の姿のフロレンスがいつものように椅子に座っていた。
「また年寄りの姿なのか?」
「ふふっ、あれは一時的に肌が活性化して若返っただけなのよ。魔法使いが本気を出すとああなるの────それよりもういくの?」
「……ああ世話に」
「まだ処世術が残ってるわよ。あと1週間はここにいなさい」
「へっ?」
クラウディは目的を達成したらすぐに出るつもりだったが、せっかくまとめた荷物をまた解くことになった。
元男は男装をするつもりで、その旨を伝えるとフロレンス曰く、確かに女性は冷遇されがちで男に変装するのは悪くないとのこと。
ただクラウディは晒しを胸に巻いただけで外見や声等はそのままだった。
常に晒しは巻いておくことと、声は生命石で常に低く出るよう魔法をかけるよう心掛けなければならないらしい。ただし魔法使いにはマナの動きでバレるため、魔法は使わずできるだけ声を出さないか、低く喋るようにしなければならないとのこと。
ちなみに生命石はフロレンスも手に入れた最初以降使わず、もう何十年も触っていないため、捨てるものでありそのまま持っているようにさせた。
以前自身で適当に切った無造作な髪はフロレンスが整えて切り、若干長めのショートヘア風に整えた。
そしていざという時には女も武器になると、女性らしい仕草を元男は教わる。
────面倒くさいな
嫌過ぎて元男は何度か逃げ出したが、歴戦の魔法使いからは逃げられず結局まともに見れるようになるまでやる羽目となった。
気づけば1週間でなく10日過ぎていた。
「ほんとに行くのね」
「ああ、世話になった……」
フロレンスは家のドアの前に立つ少女にいくらか荷物を支度した。
シミターがいつかの戦いで壊れてしまったため、シミターと同じような小ぶりな剣を2本渡す。
「いいのか?」
ナイフで道中なんとかするかと思っていた少女は大いに助かりありがたく受け取った。以前より少し軽く、フロレンス曰くかなり頑丈に作られてはいるらしい。
続いて別空間と繋がっている『インベントリ』という小さな袋。容量は500リットルということ。袋口を通るものであればなんでも入るらしい。貴重なものなので他人には絶対に見せないようにときつく言い聞かせる。
「わかった。いいのか?貴重なものだろう」
「いいのいいの。お古だし、もう使わないから。中には食料と水、寝具とか服とか色々入れといたから。あと女性の体の知識はある程度わかるのよね」
「まあ……」
「ならインベントリの中に小さな袋があるんだけど特有の不調になったら使ってね」
「…………」
「地図も入れといたし……」
「近くの町はローランドルってところだろう?」
ローランドルまで歩いて5日かかるとの事で詳しい道のりも教えてもらっていた。
「生命石は魔力込めたわよね?」
「……ああ」
老婆は、ワープする湖についてやお金のことなど事細かに再確認し始め、少女は長くなりそうだとため息をついた。
「絶対あっちに出たらよく体を乾かすのよ」
湖に飛び込む為、クラウディはそれ用の薄い衣服に着替えていた。
老婆が言うには家の前に広がる湖は自身の領域を繋ぐ通路になっているらしく、半分程潜れば次元が反転し行き来できるとのことだった。
そしてようやく扉を開けると、老婆は魔力を高めたのか再び若い姿となり少女を抱きしめた。
「お、おい」
少女は気恥ずかしさに逃れようとした。
「また困ったら戻っておいで私の可愛いクラウディ」
フロレンスは耳元で囁き、頭を撫でた。クラウディも抵抗をやめて背中に手を回した。
「またいつか」




