第2話 虐げられた村
森の中、双子の姉妹――カエデとモミジを救ったソウスケは、二人に連れられ村へと向かっていた。
「ところで……さっきの化け物、一体何だったんだ?」
歩きながら、ソウスケは気になっていたことを尋ねた。
「あれはオーガという魔物よ。主に森の奥や山に棲んでいて、時折人里に降りてきては家畜や人を襲うの」
カエデが説明すると、モミジも続けた。
「こんな場所で出くわすのは珍しいんだけど……。たまたま森に降りてきたのか、それとも……」
二人の言葉に、ソウスケは考え込む。
(魔物……やはりここは俺のいた世界とは異なるか)
ソウスケの前世であるヒノモトにも「妖」と呼ばれる異形の存在はいた。しかし、彼が目にしたオーガは、それとは明らかに異なる何かだった。
「魔物が頻繁に現れることはあるのか?」
「村の近くには滅多に出ないわ。でも、ここ数年で少しずつ人里に姿を見せることが増えてるみたい……」
カエデの言葉を聞きながら、ソウスケは森の静寂に意識を向けた。風の流れ、草の揺れる音、鳥の鳴き声――異常はなさそうだが、先ほどのオーガがたまたま現れたとは考えにくい。
(この世界の理がどうなっているのか、もっと知る必要があるな)
彼は今のところ武器も装備もない状態だ。先ほどの戦いでは、モミジから剣を借りてオーガを仕留めたが、もし今後、強力な敵と遭遇したらどうなるか分からない。
「ふぅ……。でも、助かったよ。ソウスケさんがいなかったら、私たち危なかったもん」
モミジが明るく微笑み、ソウスケに礼を述べた。
「礼を言うのはいいが、危険な森に何の準備もなしに入るのは軽率だったんじゃないのか?」
「そ、それは……ちょっとね」
モミジはばつが悪そうに目をそらす。
「実は、薬草を採りに来てたの。村では薬が貴重だから……」
カエデが申し訳なさそうに答える。
「村に薬師はいないのか?」
「いるにはいるけど、高価でなかなか手が出せないのよ」
「……なるほどな」
ソウスケは僅かに眉をひそめた。この世界の経済事情が分からないが、薬が貴重だということは、それだけ流通が乏しいということだろう。
(村の様子を見れば、色々分かるかもしれないな)
そう思いながら、ソウスケは二人の後をついて歩き続けた。
しばらく森の小道を進むと、視界が開けた。
「着いたよ、ソウスケさん!」
モミジが指をさす先には、木造の家々が立ち並ぶ小さな村があった。しかし、村の様子はどこか荒れていた。建物の屋根は壊れているものが多く、家の壁には剥がれた箇所が目立つ。さらに、通りを行き交う人々の表情は暗く、活気が感じられない。
(……これはただの貧しさじゃないな)
ソウスケは直感的にそう感じた。単に生活が苦しいだけなら、もっと人々に生きる活力があってもいい。しかし、ここの住人たちは、まるで怯えているようにも見える。
「ここが私たちの村、ロック村よ」
カエデが紹介するが、その声にもどこか沈んだ響きがあった。
「どうしたんだ? この村の様子は……」
「……私たちの村は、盗賊に狙われているの」
「盗賊?」
ソウスケの表情が険しくなる。
「山賊やならず者の集団が、定期的に村に押しかけてきては、金や食料を奪っていくのよ」
「村の人たちで抵抗はしないのか?」
「何度か試みたけど……無理だったの。奴らは数も多いし、武器も揃えてる。逆らったら殺されるだけ……」
カエデが悔しそうに唇を噛む。
「一応、村の青年たちで自警団を作ってるんだけど……ほとんど素人だから、太刀打ちできなくて……」
モミジも拳を握りしめる。
(なるほどな……)
ソウスケは村の現状を理解した。これはただの貧しさではない。外部からの圧力によって、村が疲弊しているのだ。
「奴らが来るのはいつだ?」
「……たぶん、もうすぐ。前回の襲撃からそろそろ一ヶ月だから……」
「そうか」
ソウスケは静かに目を閉じた。
(この村の人々は、戦う力を持っていない。それなのに、暴力によって搾取され続けている……)
彼の脳裏に、前世の記憶がよぎる。ヒノモトを統一する過程で、同じように虐げられた民を目にしてきた。そして、彼は彼らを救うために戦ったのだ。
(俺は、何をすべきか……決まっている)
ゆっくりと目を開き、ソウスケはカエデとモミジに向き直った。
「安心しろ。俺がいる限り、この村を好きにはさせない」
二人の目が驚きに見開かれる。
「ソウスケさん……それって……!」
「……あぁ。盗賊どもが来たら、俺が相手をする」
その言葉に、カエデとモミジの目に希望の光が灯る。
こうして、ソウスケは新たな戦いへと踏み出すことになった。