第1話 天下無双の侍、異世界へ
ソウスケ・カラスマは、かつて戦乱の世を終わらせた英雄だった。
ヒノモトという国を束ね、数多の戦をくぐり抜け、天下統一を果たした最強の侍。しかし、その偉業を成し遂げた後、彼の心にはぽっかりと穴が空いていた。
「……俺は、すでに極めたのだろうか?」
国の政を安定させ、人々の暮らしを守ることに尽力しながらも、ソウスケの心の奥底では、漠然とした渇望がくすぶっていた。
戦場での緊張感、命を懸けた剣戟――すべてが過去のものとなり、穏やかな日々が続いていた。しかし、その平和は望んでいたものであるはずなのに、心のどこかで満たされぬ何かを感じていた。
「違う世界があるのなら、見てみたいものだ……」
それは、叶うはずのない夢想だった。だが、彼が何気なくそう呟いたその瞬間――
『ならば、試してみるがいい』
どこからともなく、低く響く声が聞こえた。
「……誰だ?」
思わず警戒し、周囲に目を向ける。しかし、そこには誰もいない。
『貴様の力、別の世界でも通じるか試してみよ』
声と共に、視界が歪んだ。
次の瞬間、ソウスケの身体は宙に投げ出され、無限の闇の中へと吸い込まれていった――。
⸻
目を覚ますと、見たこともない森の中にいた。
空気は澄んでおり、鳥のさえずりが聞こえる。しかし、辺りを見渡すと、自分の装備がすべて失われていることに気づいた。
「……どういうことだ?」
愛用していた名刀も、武具もすべてなく、身にまとっているのはヒノモトの侍装束のみ。
しかし、剣がなければ戦えないというわけではない。むしろ、これほどの環境でこそ、己の腕が試される。
歩き出して間もなく、遠くから悲鳴が聞こえた。
「助けて……!」
少女の声だ。ソウスケは一瞬で状況を理解し、迷うことなく駆け出した。
――そこには、巨大な狼型の魔物が二人の少女を襲っている光景があった。
一人は炎を操るような仕草をしているが、恐怖でうまく魔法を使えないようだ。もう一人は剣を構えているが、その剣は震えており、戦い慣れていないことがわかる。
「クソッ……モミジ、逃げて!」
「でも、お姉ちゃん……!」
少女たちは必死に抵抗しようとしていたが、魔物はそれを嘲笑うかのように爪を振り上げた――。
「危ない!」
ソウスケは迷わず飛び出した。
手ぶらの状態では戦えない。瞬時に少女の手から剣を奪い取ると、最小の動きで魔物の懐に入り込む。
――刹那、魔物の巨体が真っ二つになった。
「……え?」
少女たちは信じられないという表情で、ソウスケを見つめる。
彼の動きは、まるで一陣の風のようだった。無駄がなく、鋭く、一撃で仕留める完璧な剣技。
「お前たち、大丈夫か?」
静かに問いかけると、少女たちは我に返り、慌てて頭を下げた。
「す、すごい……助けてくれて、ありがとうございます!」
「あなた、いったい……?」
ソウスケは剣を少女に返し、改めて二人を見た。
一人は長い栗色の髪を持つ少女。深紅の瞳が印象的で、凛とした表情をしている。装束は動きやすい戦闘用の衣服で、彼女こそが剣を構えていた方だ。
もう一人は、ふわりと波打つ赤みがかった茶髪の少女。少しおっとりとした雰囲気で、魔法を使おうとしていた。彼女の瞳は琥珀色に輝いており、知的な印象を受ける。
二人は瓜二つで、双子であることが一目でわかった。
「俺の名はソウスケ・カラスマ。旅の者だ」
「私はモミジ・クローム。こっちは姉のカエデです」
モミジが笑顔で名乗ると、カエデも恥ずかしそうに頭を下げた。
「私たちの村にいらしてください。お礼がしたいです」
そうして、ソウスケは二人に導かれ、彼女たちの村へと向かうことになる