穏やかな森の町 3
クリスに文句を言われて、メートとカオウは少女の方へと視線を向けた。彼女はほほを軽く膨らませながら、二人を見ていた。
「そろそろ行こうよ。あたしの家に案内してあげる!」
クリスは盾と剣をカオウに渡したために空いた手を引きながら、村の中へと引っ張っていく。カオウもそれに付いていきながら、多少彼に警戒心を抱いていた。いくら、クリスの恩人といっても、この村で彼に好き放題させるわけにはいかない。そのため、彼が信頼できるという確信が得られるまで、カオウは彼のことを見張っていこうと考えていた。クリスはカオウの心配など全く知らず、無邪気にメートの腕を引っ張って村の中を進んでいく。彼の作りの良いワイシャツに灰色のベスト、灰色のスラックスはこの世界では珍しく、村の人々から視線を向けられていた。そんな視線も特にクリスは気にした様子はなく、そのまま進んでいく。
メートが村人からまだ文句の一つも言われずに、視線を向けられるだけで済んでいるのはカオウが一緒にいるからだった。大きな村でもなく、警備隊に所属している者は全ての村人が知ってため、何かあれば、彼が対応するだろうと考えていたのだ。
メートは視線を感じるものの、村の中は穏やかで、敵意ではなく好奇の視線のようなものだと捉えていた。村の中は外から見たとおりに、ログハウスのようなものが経っており、それがこの村の住居になっている。店のようなものは一つもなさそうである。そう判断したのは、外にこの建物が店だと示すような看板が一つも出ていなかったからである。建物の他には畑や井戸があるだけだった。中に入れば、長閑な田舎の村という印象が強くなった。それが悪いことだとは思わないが、彼は自身の偏見かもしれないと思いながら、こういう村はあまり外から来る人を歓迎していないかもしれないと思っていた。一日か、二日くらい過ごしてから、この村を出ていった方がいいかもしれない。クリスを悲しませるかもしれないが、この村に長居して、クリスやカオウその家族にまで何か悪いことが起こってからでは遅いだろう。彼はそのつもりで、彼女に腕を引かれていた。
クリスが止まった場所は、他の建物と変わらないログハウスのうちの一つの前だった。彼女は彼の方へと振り返る。
「ここがあたしの家!」
クリスは彼の手を引いたまま、家の中に入っていく。彼はカオウの方へと視線を向けたが、彼はそれを止めるつもりはないようだった。彼は家に入らず、その場に立ち止まり、彼の様子を見ていた。彼はとりあえず、この場はクリスにひかれるままに行動しても大乗なのだろうと考えて、手を引かれるままに家の中に入った。
家の中も見た目通りのログハウスのような見た目で、加工されてはいるが木の板にくらい茶色の色付けをした程度の板や柱がむき出しであった。それ以外の家具などもほとんど木を加工して作られているもので、凝った作りのものは一つもない。シンプルな木製の椅子にテーブル。棚も手作り感のあるものだった。
「……おかえり、クリス。って、あら?」
「ただいまー! メートお兄ちゃんだよ!」
紹介はそれだけかと思いながらも、家の中にいた一人の女性と視線が交差する。見た目はクリスが成長すれば、こうなるだろうなというもので考えずとも母親だろうと思えるような見た目の女性だった。女性は少し困惑した様子で、自分を見ていたため、彼は自己紹介をすることにした。
「メートです。カオウさんに訊いたことですが、狭間に落ちてきた者らしいです。近くの森で目が覚めて、ちょうど近くにあった村にお邪魔しようとしたところで、クリスに会い、ここまで連れてきてもらいました」
彼はとりあえず、クリスが魔獣に襲われていたことは伝えないことにした。自分の子供の命が危なかったことなど、親だとすれば知らない方がいいだろう。彼は自身のわかっていることだけと伝えたところで、目の前の女性も理解したのか、にこりと笑顔になった。クリスのような元気な笑顔ではなく、ふわっと笑う。かわいいよりも美人という言葉が似あう笑顔だった。彼は特にそれに惹かれるということもなかったが、自身の母を思い出すような笑みだという印象が強かった。
「そうだったんですかぁ」
彼はクリスが魔獣に襲われていたことを話していなかったはずだが、彼女はクリスの方を見て心配そうな視線を向けていた。彼も元の世界で生きていた時にも思ったが、おそらく隠したことはほぼほぼばれているのだろう。母には書く仕事をするだけ無駄なのかもしれない。
「ママ、その、ごめんなさい。一人で森に入って、そのあとに三匹の魔獣から逃げてたの。そして、近くにいたメートお兄ちゃんに押し付けて逃げたの。そのあと、カオウおじさんを呼んで、助けてもらおうとしたんだけど、メートお兄ちゃんはその魔獣を倒しちゃってたの!」
彼女は少し申し訳なさそうに、母親にそう説明していた。