行方知れず 4
「いでぇ、ああぁ、いでぇよぉ」
「なんだいきなり、くそ! こんな場所に来てからずっとこうだっ。邪魔ばっかり、邪魔ばっかりで何にも進まねぇ、うまくいかねえ!」
筋肉質な男は、その場にうずくまって弱々しい声で嘆き続けていて、やせ型の男は上半身を起き上がらせたところで、地面をたたきながら叫んでいた。夜だということを忘れて、叫べばそこらにある民家から顔をのぞかせるものも出てきていた。火が落ちたからすぐ眠るというわけではなく、ろうそくやたいまつに火を灯して、夜を過ごすのは一般的なことであった。路地に沿っているいくつかの家の扉が開いて、そこから人が顔を覗かせていた。
「ああっ、くそ。もう、何もかも台無しだ!」
やせ形の男は顔を片腕でかばいながら、周りから見られないようにして走り去った。途中で家の屋根の上を移動して、すぐに見えなくなった。追いかけることもできただろうが、どうせなら確実に一人減らすべきだろう。二人組でなければできないことの方が多いはずだ。アスターとペースはその場に残り、腹部を抑えてうずくまっている筋肉質な男へと注意を向ける。
「うおぉぉ~、いたいよぉ~。血がぁ、出てて、しぬぅぅ」
男はうずくまるのをやめて、立ち上がった。未だに腹部を抑えたままだし、ペースが突き刺した傷からはまだ血が流れていく。患部を抑えている相手の手は血塗れだった。大量の筋肉をつけながら、子供の用に泣きじゃくる相手をペースは心の底から気色が悪いと思った。アスターはそれ以上のことを人にしてきたやつが、今更泣いていることに多少憤りを感じていた。しかし、薬のせいか、元来の性質か、彼女はその程度の怒りで思考を乱すことはない。
銃口を男の方へと向けて、相手が次の行動を起こせば、すぐにそれを止めるため、感覚が鋭敏になっている。彼女が銃口を向けている間に、ペースが男へと近づいていく。
「……ダメだ」
アスターはそれだけの呟いていた。その言葉は自分にすら聞こえないくらいに小さい声で、その言葉はペースに向かって放たれたものだった。しかし、もちろん、アスター自身にすらほとんど聞こえない声が、アスターに届くはずもなく、彼女は目の前で男にぶん殴られて、大きく後ろへと飛び、壁にぶつかって地面に落ちた。彼女が倒れたまま動くことはなく、持っていた短剣も彼女の近くに落ちている。アスターの位置からでは、ペースが生きているのか死んでいるのかも分からないが、彼女に駆け寄ることはできなかった。彼女の状態を確認したければ、目の前の男を倒さなくてはいけない。彼女は思い出したのだ。目の前の男がどういう力を持っていたのかを。目の前の男は、激情が力に変わるのだ。つまり、痛みで大泣きしているということは、かなりパワーが上がっていることになるだろう。もっと早くに思い出せれば、ペースが吹っ飛ばされることもなかっただろうという後悔をする暇もなく、男は最後に残ってしまったアスターに近づいていく。彼女は意識を男に向けても、男は地面を蹴って彼女に一瞬で近づいていた。感情の赴くままに殴られれば、ペースの二の舞になってしまう。
彼女は前に出た。男は彼女を殴るために腕を後ろに引いていたため、その退いた腕の方へと移動すれば、脇の下を抜けることができる。すれ違いざまに、痛みのある腹部に弾丸を食らわせた。傷のある場所でなくとも、銃弾の衝撃は小さくはない。腹部であれば、銃の衝撃を傷口まで届くのだ。
「うぉぉぉぉおお~、いてぇいてぇいてぇ!」
大きな声で叫びながら、男は自身の周囲に拳を振り下ろす。地震のような地面の揺れを引き起こしていた。その中にいれば今頃、体がぼこぼこになっていただろう。あの攻撃を受けて生きていることはまず不可能だろう。だが、アスターは既に距離を取っていた。ペースのうまくペースの近くに移動して、彼女の様子を見る。どうやら息はあるようだが、どうにも顔色が悪い。呼吸も荒く、何か体に異常があるようにしか見えない。見た目には外傷のようなものはないことを考えると、拳の衝撃か壁にぶつかった衝撃かで、体の中がやられたのかもしれない。放置していれば死ぬかもしれないと思えば、すぐにでもアカリにでも診てもらいたいところだ。だが、今すぐには動けない。目の前の馬鹿力を無力化しなければいけない。このパワーを持ったやつをこの場に放置すれば、とんでもない被害が出そうだ。
アスターは銃口を相手の向けて、パンチを地面に打ち込み続ける相手に弾丸を放つ。それが相手の腕にぶつかって、男は涙と鼻水で汚くなった顔を彼女に向けた。子供でもなければ、そんな顔を見ても気色が悪いと思うだけで、そこに同情など生まれはしない。拳を振り下ろすのをやめた男は、彼女に向かってその汚い面で近づいてくる。体は筋肉質だというのに、汚い顔というのがどうにもアンバランスだった。相手の体のことなど気にすることなく、二丁のマジックガンで何度も何度も射撃する。相手の体に弾丸が当たるたびに、男はうめき声をあげて何度も止まる。まったく前に進むことができないが、痛みだけは蓄積されていく。激情を保つこともできなくなっていく。そもそも、出血が止まらずに続いていて、さらに力の限り、体を動かしていれば、より出血するだけだろう。男はついに、立っていることもできなくなり、前のめりに倒れそうになるところを、アスターの弾丸によって後ろに強制的に倒された。




