穏やかな森の町 2
彼はカオウに警戒されていることを知らないまま、村の近くに移動してきた。村の様子はかなり穏やかで、ピリピリし続けているとか、怒号が飛び交っているとかそうい物はないが、活気のあるような村でもなかった。外からでもわかる村人の様子は、穏やかで和気あいあいと談笑しながら仕事をしているようだった。多くはないが、子供たちも村の中で元気に遊んでいるようだった。
「ようこそ! メートお兄ちゃん!」
クリスは村に付いたところで、彼の服から手を放して、両手を広げて、彼を歓迎していた。彼は未だに剣と盾を持ったままであるため、クリスは彼の手を引くことはできず、彼の顔をじっと見ていた。彼は顔をじっと見られても、その理由は一切わからず、彼女に視線を返すだけだった。特にそれを見ていたわけではないが、カオウが彼に話しかけた。
「村の中なんだ。そろそろ、武器をしまってもいいんじゃないか」
彼はそう言われて、ようやく、自身が剣と盾を持ったままだったことに気が付いていた。この村まで来るときに会話し続けていたせいで、そのまま武器を持ったことも忘れて移動していたのだ。そして、武装を解除するといっても、盾も剣も彼が生み出したもので、しまっておく場所などはない。そもそも、前の世界でも超能力を使った時も、戦場になっている場所に適当に投げ捨てていたのだ。流石にこの場所に適当に捨て置くことはできないだろう。だが、村の中でずっと剣を鞘にも入れずに、抜身のまま出しておくのはあまりに危険だろう。村人たちにも警戒させてしまうに決まっている。
「あー、その、すまん。これ、いるか?」
彼は剣と盾を一つにまとめるように持ち、カオウに差し出した。差し出された彼は全く意味が理解できずに、差し出された剣と盾を見てから彼の顔を見た。メートも彼が理解していないことがわかるほど、訳が分からないという表情をしている。
「この武器をしまう場所がないんだ。俺はどこでも武器を作り出せるんだ。その力でこの武器を作り出したんだけど、しまうことはできないんだよ。だからと言って、ここらに捨てておくというのは駄目だろう。だから、使えるならこの武器をこの村の誰かが使ってくれればいいなと思ってさ」
彼が説明したところで、ようやく、カオウもメートの言っていることを理解したようだが、彼の超能力が武器をいつでも作り出すことができるとなれば、いつでもどこでも、誰かを殺すことができるということでもある。戦闘慣れしている彼がいつでも武器を持つことができるとなれば、彼を村に入れることはできれば拒否したいところである。だが、おそらくここで彼を村に入れないという判断をすれば、クリスが大声で彼を引き留め、カオウのことを糾弾してくるだろう。そうなってしまば、クリスを言葉で動かすことはできなくなるだろう。つまりは、クリスがメートに恩を感じている時点で、彼をこの村に入れるという選択肢以外に取れるものなどないということであった。
「……わかった。これはもらっておく。警備隊員の武器にでもしておくか。とりあえず、この村にようこそってところだな」
彼の対処に諦めた彼は、どうせならメートを歓迎してやろうと考えていた。歓迎といっても、この村には特に目立つような観光地も他の場所に引けを取らない料理もない。歓迎といっても、少し豪勢な料理を作るくらいで、それ以外にできることはほとんどなかった。
「……この村は落ち着いてるな。敵のいる森がここまで近いのに、誰も怖がってないな」
「ああ、そこの森の中に棲んでいる魔獣は森の中に入らなければ、外に出てくることはないし、森の中に入ってもこの村の警備隊の対処できないくらい強い魔獣は出てきたことはないんだ。だから、誰も魔獣の恐怖に怯えながら生活している奴なんていやしない。それに狭間の影響もここは比較的少ないだ。だから、イレギュラーな事態もほとんどない。あったとしても、こっちも対処できないほどのことは起きたことがないからな」
カオウはつらつらとまるで、この村の紹介を紙に書いて覚えていたかのような説明を彼に語る。その言葉を聞けば、だいたいこの村のこともわかるというものだ。最初の町にぴったりなほどに穏やかで危険の少ない村。この世界のことに慣れるために少しの間、拠点にして活動したいと彼は考えていた。だが、辺りを見ても、店のようなものはなく、宿屋のようなものも見当たらなかった。
「ねぇねぇ、いつまでしゃべってるの?」
武器をカオウに渡したメートの手をクリスが掴んで、弱い力で引っ張っていた。彼の手が前出る程度の力で、彼女も本気で引っ張っているわけではないのだろう。そして、男二人がいつまでも話していることに彼女は我慢できなくなったようだった。