穏やかな森の町 1
「そうか。じゃあ、まずは名乗った方がいいな。俺は……」
怪しい奴といわれた彼はまず、自己紹介でもしようかと思ったが、どうせこの世界で生きていくというのなら、そのままの本名を名乗るというのはどこか味気ないと思った。どうせなら、この世界で使うための名前を名乗りたいと考えていた。だが、既に俺は、と言いかけた手前、じっくりと自分の名前を考える時間は全くなかった。
「俺は、メートだ」
結局、何の捻りもなく、自身の名前を使ってしまった。その名が出たことで少し後悔していたが、自身の名前も特に嫌いというわけでもないので、その名でやっていくことにした。
「メートお兄ちゃん! あたしはクリス!」
少女は元気に飛び上がりそうな勢いで、彼に自己紹介をしていた。
「俺はカオウ。近くの村の警備隊の一人だ。とりあえず、あんたを村に連れていくぜ」
彼は特にカオウの言うことを疑うこともなく、素直に彼についていくことにした。おそらく、取り調べというか、少し話を聞かれることはあるかもしれないが、それだけだろうと彼は考えていたのだ。メートが村に行くと素直に言ったことで、クリスはさらに喜んでいた。クリスはメートの服を引っ張り、彼を村の方へと案内するように彼を先導し始めた。
村まではまだあと少し歩かなくてはいけないため、その間にカオウがメートに話しかけていた。クリスは未だに彼の服の裾を掴んで、彼を先導している。
「村に着く前に、先にいくつか聞いておくぞ。まずはあんたが何者かってことだな」
「俺は、メートだ。それ以外に何を答えればいいんだ?」
メートは彼の質問の意図が全くわからなかった。そのため、彼にそのまま質問してしまった。
「ああ、いや、どこから来たとか、どの村の出身とかあるだろ? それか、この場所に《《落ちてきた》》のか?」
彼はもちろん、この世界の生まれではないし、そのため出身といわれてもどこといえるはずもない。だが、彼の最後の言葉には引っかかった。落ちてきたという表現が気になったのだ。彼はおそらく、自分が落ちてきた者である可能性が高いと思いながらも、彼は落ちてきたといったことをそのまま、彼に訊いた。
「ああ、ということは、あんたは落ちてきたんだろうな。ここは《《狭間》》って場所でな、この場所には他の世界のいろんなものが《《落ちて》》来るんだ。物だったり、生き物だったりな。そんで、この狭間に住んでいる奴は、落ちてくる物を利用して生活をしている奴も多くいるんだ。新しい技術を開発したりな。まぁ、比較的ここらは安定していて、落ちてくるものも少ないんだが。それで、このことを知らない奴は大抵、落ちてきた奴なんだよ」
彼の説明を聞いても、あまり理解が及ばないが、とにかく、この場所はやはり、前いた場所とは全く別の場所だということは理解できた。そして、他の世界から来たというのもあっているため、自分が落ちてきた者だということになるだろう。
「俺があんたを怪しいといったのは、落ちてきた人は大抵、辺りを強く警戒していたり、周りを怖がっているもんなんだよ。わざわざ魔獣を見つけても戦おうなんて思うやつはいないだろうな。だから、あんたは落ちてきた人にしては落ち着きすぎているし、あれだけ戦えるのもおかしな話だったりするんだよ」
メートはそういわれれば、そうかもしれないと思いながらも、この世界に落ちる前の状況を完全に覚えているし、前の記憶も残っているのだ。そうなれば、冷静に戦うことも難しくはないだろうし、そもそも戦闘慣れしている彼はあの程度の敵であれば苦戦することもないだろう。彼にとっては、この世界でも問題なく戦闘を行うことができるのかという戦闘の確認でしかなかったのだ。だから、戦闘ができたことが怪しいと言われても、彼にとってはそれが当然であった。
「……怪しいと言われても、特に言い訳もないな。この狭間? に落ちてくる前に、いた場所では、もっと強い敵を相手にしてきてたんだ。あのくらいの敵だったら、怖いとも思わない。だから、それを怪しいと言われても、な」
カオウは彼の言葉を理解しているのかはわからないが、彼がこんな状況でも冷静に戦闘できるほど戦闘慣れしている人物であるということはわかった。戦闘慣れしているということは、そうなるだけ戦闘を繰り返してきて、そういう世界から来たという解釈になるだろう。つまりは、もしかすると人殺しにも慣れている可能性もあるということである。村の警備隊である彼からすれば要注意人物である。村の中に入れてから、村の中の争いごとで人を簡単に殺せるような人物を村の中には入れたくないだろう。クリスを助けたのかと思ったが、どうもそうい訳でもないらしい。カオウはどうしても彼のことを警戒しなくてはいけなくなった。