狭間の旅の始まり 5
巨大なミミズのような魔獣が、空から落下してくるのを見つめて、その頭が自分の方に向いていると気が付いてから彼はようやく、思考を動かすことになった。そもそも、遠くの空にいる相手の頭が自分の方に向いていたからと言って、自分が立っているところを、落下地点にしているかどうかはわからない。
相手の頭、というか、大きく開いた口にしか見えないが、その口がそのまま、落下すれば、彼をそのまま体の中に収めることができてしまうだろう。そして、相手の体の大きさから、その場所から移動したところで、既に回避できるような落下速度ではない。逃げても逃げ切ることはできないと理解している間にも、相手は落下し続けて、彼を腹に納めようとしている。彼は自身の選択肢の中には防御するというものしかないと、視野が狭まっていく。だが、そのおかげで土の壁を作成するのが考えると同時に魔法が発動する。魔法を発動するときに違和感を感じた。周りにどんな魔気があるのかがわかっているような感覚だ。誰かにその感覚を教えるのは難しいだろう。視覚や触覚でわかるようなものではなく、本当に感覚的なもので、何かに例えるなら、壁の向こうの人の気配を明確に感じるようなものだろうか。気配に触れることができそうなほど、魔気を強く感じる。地面に敷き詰められた砂漠の砂には強い土の魔気が、周りの温度の高い空気には火の魔気を強く感じる。反対に水の魔気や風の魔気の気配はほとんど感じない。時折吹く風に多少魔気を感じるだけだ。
彼は無意識に思考する。周りの自然の魔気を利用して魔法を使えると確信していた。その理由なんて考えることもない。自然の魔気を気配を感じて、それを利用できるという確信を持つ思考すら、無意識の出来事で、今そこに疑問が生まれることはない。歩くのに一々思考が必要ないのと同じく、当たり前のことに疑問を持つことはない。
彼の中の土の魔気が、周りに少しだけ放出されて、その魔気が砂の辺りにある自然の魔気を飲み込んで、彼の魔気の支配下に置かれた。そのまま、地面の砂が彼の正面に素早く壁を作り出す。砂は灰色に染まっていき、土の魔気が多少圧縮されて強固な壁が作られた。相手の胴体を抑えるくらいには大きな壁が作成されて、その壁が相手の体を受け止めている間に離れようと、壁の後ろから後ろに移動する。彼が移動している間に、相手の胴体が灰色の砂の壁にぶつかり、ドスンというような重い音が彼にも聞こえた。砂の壁に頭を突っ込んで、相手の胴体が地面に落ちて、再び重い音が彼の耳にも聞こえてきていた。壁から離れた彼jは自身の火の魔気に、周りにある火の魔気を飲み込ませて、自然の火の魔気を支配下に置いた。その火の魔気は彼の左右で火の玉になる。それが細長く変形していき、さらに、その先端がドリルのように回転し始めた。やがて、その回転が槍全体にいきわたると、同時にまだ壁に口を付けたままの魔獣の方へと飛んでいく。弾丸のように回転する炎の槍が、相手の胴体に突き刺さる。しかし、相手の体が硬いのか、炎の槍は突き刺さるだけで、相手の体を貫通することはなかった。そして、炎の槍の衝撃か、相手の口が砂の壁から離れた。壁は役目を終えたかのように崩れて、彼と魔獣の間にあった障害物は砂漠に戻ってしまった。
魔獣は口の中をうねうねと動かしながら、彼の丸のみにしようとしている。
「いきなり出てきて、喧嘩売ってくるとは。逃げた方がいいかもしれないが、この不思議な力を試すのも悪くないか」
少し口開けるだけで、砂が口に入りそうになる。相手の巨体を見上げて、改めて魔獣を見た。白というか、クリーム色でしわだらけの体。明らかに乾燥しているが、その巨体からは生命力を強く感じる。そして、そのクリーム色の体の先端に大きな丸い口が付いている。見た目には閉じることができなさそうなほど大きい口だ。数十人でも一気に丸呑みできそうなほど大きいのだ。同族であっても丸のみできそうなほどの口の中は、うねうねと揺れているかのように動いていて、気色が悪い。どうあがいてもその中に貼らないようにしたいと思えるほどだった。だが、その口が彼の方を向いていて、彼を食べようとしている。
彼が相手を見て、戦い方を考えている間に、相手が先に動き始めた。のっそりと体を動かして、上体を後ろに逸らしていた。ググググ、というような重低音が聞こえてくるが、その次に何をしようとしているのか、彼には予想が付かなかった。彼は再び、火の魔気を使って先ほどより大きい炎の槍を出現させていた。




