迷い人の行き先 5
彼は近づいてきているものを敵かもしれないと思い、魔獣を土に埋めるのをやめて、剣をその音がする方向へと向けた。視線の先にいたのは魔獣ではなく、人であった。彼に近づこうとしていた人は、彼に剣を向けられて、それに反応するように彼に剣を向けた。そして、お互いに視線で牽制しあいながら、どちらも仕掛けずにいると、相手の腰のあたりの背丈の少女が相手の手に触れて、剣を下げさせていた。彼もそれを見て、無害だろうと判断して、剣を下す。
「お兄ちゃん、ごめんなさい!」
最初に話し始めたのは、剣を構えていた二人ではなく、そこにいる男性を連れてきたであろう少女だった。よく見れば、先ほど魔獣に追いかけられていた少女本人に見えた。少女は大きく頭を下げて、彼に誤っているようだが、彼には謝られる心当たりは一つもない。心当たりのない彼はそのまま首をかしげて、彼女の方をぼうっと見ていた。少女としては謝っても特に返事がないことが恐ろしくて、頭を上げることができない。目の前の彼が怒っていないはずがないと少女は考えていた。そして、少女を見つめる彼に剣を向けていた男性はあー、と声を出しながら彼の方へと視線を向けた。だが、視線を向けられても彼もまた、現状がどういう状況なのかわからない以上、次の行動を決めることもできない。
「えっと、とりあえず頭を上げてもらえるか。女の子に頭を下げ続けられると少し困るからさ」
結局はそのままでは何も進まないと彼はそういった。その声色には少しも怒っているという雰囲気のものは一つもなく、それどころか、本当に戸惑っているようなものであった。少女は顔を上げて、彼の顔を見て、本当に怒っていないことを確認すると安堵したような表情になったが、すぐに顔がきゅっと引き締められていた。明途は高校生であり、子供を持ったことがないため、子供の対応なんてものは覚えていないが、とにかくどうして誤ったのかが気になったため、彼はストレートに少女に訊くことにした。
「君はどうして謝ってくれたんだ? 俺にはその心当たりが一つもないんだ。だから、いきなり謝られても何を謝られたかわからないんだ」
彼が真摯にそう聞くと、少女は驚いた表情で彼を見た。少女から見ても、明途が嘘をついているようには全く見えず、それが本心でそういっていることが子供である彼女の目からもわかっただろう。
「えと、その、魔獣をあなたに押し付けて逃げたから。だから、ごめんなさい……」
彼は少女の謝った理由を訊いても、謝られる理由がわからなかった。そんな二人を見かねて、少女が連れてきた男性が口を出す。
「まぁ、あんたが無事ならそれでいい。こいつはいつも森の中に入って、いろんなものを拾ってくるだが、この森に出てくる魔獣ならこいつでも逃げ切れるのさ。だが、今日はそういう魔獣じゃなかった。逃げても逃げても逃げきれない魔獣だったようでな、それでちょうどあんたがいて、剣を持っていたから押し付けたんだ。その押し付けたことに罪悪感を覚えてんだろ、多分な」
彼の説明からようやく、ある程度少女の話を理解したが、それでも彼には彼女を助けるためでもあるが、この世界の初戦闘の腕試しのために行動していたのだ。だからこそ、少女の謝られる必要は全くない。それでも、おそらく罪悪感を抱えたままになるのは彼女のためにはならないだろう。それを自己満足だというのは簡単だろうが、少女に言うことでもないと判断した。
「そうか、そういうことなら、許すよ。大丈夫、俺はこれくらいの魔獣なら簡単に倒せるからね」
明途は腰に手を当てて、少しふざけた様子で彼女にそういった。男性もそれ以上説明することもなかった。少女は許すといわれたことで、少し表情が明るくなっていた。
「それにしてもあんた、この魔獣を一人でやっちまうとはな。少しは、とか言っていたが、ここらじゃそこまで実力のある奴なんて来ないんだが。それに、ここらじゃ見ない格好だしな。……あんたが悪い奴じゃなさそうだから言うが、怪しい奴だ」
男性は少しふざけた様子で、彼にそういった。流石にそこまでされれば、彼も自分の立場を自覚するというものだ。だが、一人だけ、男性の言い方に怒っている人がいた。
「おじちゃん! お兄ちゃんが怪しい奴なんて言わないで! 私を助けてくれたの! 命の恩人を悪く言わないで!」
少女は男性に飛び掛かりそうな勢いで、詰め寄っていた。いきなり、怒り出した少女を押しとどめることはできず、男性は後ろに少し下がっていた。
「わ、悪かったよ。いや、違うんだって」
そういっても少女は詰め寄るのをやめようとはしなかった。それを見て、少なくとも二人が悪い奴ではなく、関係も良好であることはわかった。