村での生活 5
メートとクリスは確かに三十日間、毎日一緒にいた。彼がこの狭間に落ちてきた日からずっと一緒だ。だが、彼もここまでなつかれているとは思っていなかった。メートは前二つの世界で子供に好かれたことはないし、クリスと同じくらいのいとこがいた最初の世界でも夏枯れることはなかった。だから、今回も一緒にいるのは単純に、この家にいるからだと考えていたのだ。彼がこの家を出ると言えば、多少は寂しいと思ってくれる程度だろうな、と甘く考えていたのである。力で止められるなら押しとおることはできるだろうが、こうも泣きわめきながら止められると、力で押し通るようなことはできない。クリスと喧嘩別れようなことになるのは、クミハもジャスも許さないだろう。クリスが拒否しているのを、止める気もなく、見つめている二人を見れば、クリスを説得しなければ村からは出さないと言っているような気がした。
絶対に戻ってくる。そうまた口から出そうになったが、それでは意味がない。彼女は未来の話などしていないのだ。もうこの村には自分は必要ないと頭のどこかで考えていたが、どうやら、そううまくことが運ぶことはないらしい。どの世界でもそれだけでは同じであるようだ。
「クリス。頼むよ。そんなに長く離れないようにする。それだけじゃダメなんだろ? どうしても、俺はいかなきゃならない。この村の他の奴には任せられないだろ?」
「……でも、いやだもん。メートお兄ちゃんと離れるの、やだもんっ!」
今はどうあがいても、何を言っても彼女は理解してくれないだろう。メートが行かないというまで、彼女は何も聞き入れてはくれない。それでも、彼が説得を続けようとすると、彼女の肩に触れようとしていた手をはじいて、寝室の中へと入っていった。簡単にドアは開くだろうが、ドアを開けて何を言えばいいのか思いつかない彼はうつむいてしまった。立ち上がる力もないかのように膝に手をついて座っている。
「メートさん。クリスを説得できないなら、出ていくことは許しません。クリスが寂しいと毎日泣くようなことになれば、私たちはあなたを、たとえ村を救った人であっても、許しません。それはわかってください」
察していたことを言葉にされて、クミハの言葉が彼の心に重くのしかかる。かける言葉も見つからないのに、クリスを説得することはできない。膝に置いていた手を握り、力が入る。もしかすると、ジャスとクミハは、彼がこの村から出ていくことも、クリスがここまで強く拒否することを理解していたのかもしれない。だから、二人は驚くことはなかった。
「メート。俺もクミハもクリスも、お前に感謝しているし、今回のことも手助けしてやりたいとは思ってる。だが、俺たちが口をはさんで、今回だけはクリスに物分かりの良い子供にはなってほしくないんだ。大人が力で捻じ曲げていいことじゃないのは、お前だってわかってるんだろ。だから、こういっても理不尽だって怒ったりしない。……俺たちは、お前のことも好きだが、クリスのことも愛してる。わりぃな。これ以上は何を言ってんのか、俺も理解できねぇから、黙るわ」
ジャスは二人をフォローしようと考えていたのだが、話している途中で自分の中にあるどんな言葉を重ねても、言いたいことが伝えられないと感じていた。だが、メートには二人の言いたいことはある程度はわかっていた。嫌われているわけではない。むしろ、好かれているからこうなってしまっている。だからと言って、最初から嫌われていれば、なんてことは微塵も思えない。彼もみんなが好きだから、かける言葉に困っているのだ。
「……お互いに頭を冷やしましょう」
そういって、クミハは寝室へと入っていく。ジャスもそれに続いて立ち上がる。彼はメートの肩を軽く叩いていった。彼もその場で座っていてもどうしようもなく、彼に与えられた寝室へと入っていく。眠ればいい案が浮かぶなんて思ってはいないが、明日にならなければクリスとも交渉できないだろう。そして、おそらくカオウや他の村人に手助けを頼んだとしても、この問題だけは手を貸してくれるとは思えない。小さい村だからこそ、ジャスとクミハがすでにみんなに知らせているかもしれない。
「ああ、いや、だめだ。たとえ、頼れるとしても、頼っちゃ駄目だ」
クリスの意思を他の大人が捻じ曲げるような過程を取ることは全く意味がない。これはクリスと自分だけの問題で、お互いに他人が入り込む余地などない。メートも自身言葉で語るしかないし、クリスも彼女の心で受け止めるしかない。クリスを連れていくなんて選択肢も思い浮かんだが、それはクミハとジャスが許すはずがない。彼の思考は回り続けて、脳に疲労がたまっていく。ゆっくりと意識が沈んでいく。解決策の指をかけられそうな場所すら見つけられず、彼は眠ってしまった。




