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養生期間 1

 メートはついに、巨大な鹿の魔獣を地面に倒すことに成功していた。相手は右手足を切断されて、すぐに立ち上がることもできない。彼は体力も魔気もギリギリだというのに、また走り始めた。とどめを刺すならこのチャンスを逃せない。彼はすでに木の下から出てきていた。さらに、相手に近づいていくと、倒れている相手の顔が彼の方に向いていた。その視線には威圧感があり、巨体と相まって村の警備隊ではその場で立ち止まっていただろう。しかし、彼はその程度の威圧感に足を止めるわけもなく、相手に近づいていく。相手は彼が近づいてくるのに対して、もはや何かできることはない。立ち上がろうにも片手を地面につくだけでは、体を支えきれないのだ。そもそも、四足歩行が基本の動物をモデルにしているのだから、その半分がなくなれば、大きく重い体を支えることはできないのだろう。


 彼は物理攻撃すら届く距離まで来ると、相手の顔めがけて、気絶しない程度に土の魔気を使って、巨大な岩を作り上げる。巨大といっても、目の前の鹿の頭についている角よりは小さいが、相手の顔よりは大きなものだ。彼はためらうこともなく、無抵抗の魔獣の頭にその巨大な岩を叩き落した。相手の顔面がつぶれて、彼の作り出した岩も粉々に砕け散り、土の魔気へと戻っていた。


「……はぁ、……はぁ」


 彼は巨大な鹿の魔獣を倒したことで、自身の息が切れていることを今更ながらに自覚した。体も猫背になり、もう脱力したいくらいに怠い。風邪をひいて、熱でも出ているのではないかというくらいには体が重い。相手を倒したことで、体にある疲労を一気に自覚することになったせいで、彼はその場から動きたくなくなっていた。だが、そこでじっとしているわけにはいかないというのも分かっている。森の奥で気絶すれば、ここらにいる魔獣に殺されて終わりだ。せっかく、この巨大な魔獣を倒したというのに死んでしまっては何も残らない。


「うぅ、行くぞ……」


 その言葉はだれでもない自分自身への言葉であった。彼は足を地面に引きずるように歩きながら、ボロボロの森の中を進む。その間には魔獣の一匹にも合わなかった。見かけることすらなく、彼は意識が朦朧としながらも辺りを警戒しながら進んでいたというのに、拍子抜けだった。さらにそのまま進んだが、それでも魔獣の姿は一つもない。そのまま、森の奥から抜け出て穏やかな森の、村に近いところまで出てこれた。穏やかな森は森としては広くはないものの、森というだけあって、奥まで入れば村に戻ってくるまでにはかなりの距離がある。あの戦闘の後に歩ける距離であるはずもなく、彼の体はすでに限界を超えている。それでも、彼がゆっくりとでも歩いているのは、生への執着があるからだった。


 すでに視界の端は見えておらず、正面すらもかすんでいる状態だったが、彼の正面に何かが現れた。彼はそれに対抗しようとしていたが、体には力が入らない。


「……おいおい、大丈夫かっ。村まで一緒に――、と危ねぇ。くそ、だから行くなっていったんだ……」


 その人物の声を彼は、耳元で音としてだけ聞こえていた。それを言葉として認識してはいなかったが、その聞き覚えのある声に安心して、彼の意識は閉じていた。


「無茶ばかりしやがって。あのでかい鹿も倒したんだろ。《《昨日の》》だって治ってないはずだ。ほんとに、馬鹿が……」


 ジャスのその文句は、メートには一つも聞こえていない。彼の体を背負いながらジャスは村を目指す。彼が森の中にいた理由はたった一つ。彼が村から出て行ったところで、彼を追いかけていたからだ。ジャスは森の奥では戦えないという自覚はあるため、森の浅いところで、巨大な鹿が出てきたところは見ていた。彼自身を見ていたわけではないが、彼が戦っているところも見ていたのだ。巨大な青い光の柱が見えて、それがおそらく彼の魔法ではないかと思っていた。その後も戦闘が続いているのを見て、ジャスは彼が戦闘を終えて無事に帰ってくるかと心配していたのだ。そうして、簡単に村に戻ることもできず、かといって彼の加勢ができるかといわれても、足手まといになるのは間違いないと思った。だから、その森の浅いところでうろうろしていたのだ。そして、巨大な鹿を倒したところで、彼を迎えに行こうとしていたところに偶然にも、戻ってくる彼に会うことができた。体に傷らしい傷がなくとも、少なくとも体力の限界になるまで戦っていたことは一目見た瞬間に理解できた。どれだけ、身を削れば気が済むのかと思う。だが、それに助けられたのは事実で、結局、ジャスは彼に聞こえないとわかりながらでしか、文句を言うことはできなかった。

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