狭間に落ちる 2
草を揺らしながら、その影はメートの方へ、ゆっくりと近づいてきているようにみえた。人型に見えなかったそれは、近づいてくるごとに背の高い人間に見えてきた。木々の隙間からは入ってくる光のせいで、そこにある草木とどうかして、化け物に見ていたようだ。さらに近づいてくるその影はフードをかぶっているようだった。そして、影だけだったのか、徐々に、向いている方向や距離感を理解していく。
「おぉ、あったな。今回はここか」
男性の落ち着いた声が彼の耳にも聞こえてきた。そして、その声の主は草の中から登場する。その男性はフードをかぶっていた。マントのようなものではあるが、その端の部分はボロボロだった。よく見ずとも、マントの他の部分もボロボロで穴も開いている。薄汚れているのは、今森を抜けていたからという理由だけではないだろう。それだけ近くにいるというのに、相手の顔には影がかかり、顔を見ることもできない。マントは彼の全身を覆っているため、体の一部すらも見ることはできない。かろうじて、フードの部分が相手の顔を向けている方向くらいは教えてくれていた。そして、フードの口はメートの方を見ていることに、彼も理解していた。
「貴様、こんなところで何をしている?」
「この森でおかしなことが起きてるみたいだから、調査をしていたしようとしていただけだ。そして、その調査の前に、地響きみたいな音がしたから来たんだ。……お前こそ、こんなところで何をしてるんだ」
明らかに怪しいとしか言えない相手を、彼はこの森の異変を起こしているものかもしれないと勝手に頭の中で繋げていた。彼は目の前の男を軽く威圧するように睨みつけながら、相手に問う。
「俺も偶然来ただけだ、と言ったとしても、貴様は信じないだろうな。そういう目をしている。最初から、疑っているのだから当然だろうな。ああ、そうだ。偶然ではなく、必然だ。のこ狭間の壁のひびを探していたんだ。目当ては目の前のこれだ」
男性はフードの口を日々の方に向けていた。すぐに、彼の方に向き直り、再び口を開く。
「見つかってしまったからと言って、なんの問題もないがな。俺には戦闘能力はない。だからこそ、こんな場所で集めなきゃならなくなったんだ。まったく、俺にも他の奴のような力があればなぁ、なんて思わないこともない」
相手の正面にある閉じているマントの隙間から、手を出した。細く、力のなさそうな腕だ。肌は白く、病的である。その細い腕の先の手のひらには、半透明の薄い紫色をした珠が載っていた。男性はそれを前に出しながら、ひびに近づいていく。壁にできたひびから黒い煙のようなものがその珠に向かって吸い込まれていった。そして、球がひびに近づけば近づくほど、その黒い煙の量も増えていく。その全てが珠の何吸い込まれていき、半透明で薄い紫色の球がその色を濃くしていく。黒にはなっていないが、既に半透明ではなくなってきていた。その黒い煙がいいものであるはずはないと考えて、彼は盾を正面に構えて、男性に体当たりをしようと前に出る。
「やめておいた方がいい。この珠には、力が入っているからな。俺が落として、こいつがレれば、溜め込んだ力が開放される。その次に起こることが予想できないほど、馬鹿じゃないんだろう?」
男は、球はひびに近づけたまま彼の方に顔を向けてそういった。メートはそういわれると、敵かもしれない相手とは言え、相手の腕の細さから考えると、盾でなくとも素手でどついたとしても、倒れるだろう。そして、相手が倒れれば、手の上にある珠も地面に落ちるのは確実。地面に落ちる前にキャッチするのは至難の業。それに、相手にはメートが触れる前に、球を地面に落として割るという選択肢もあるかもしれない。持っている珠や黒い煙がいくらでも集められるとなれば、今、ここで一つくらい犠牲にしても問題ないと考えているかもしれない。
彼が目の前の男をどうにかするには、あまりに男の情報が少なすぎた。現状では、男に何かすることが、どうしても悪手であるとしか考えられなくなっていた。
「素晴らしい判断能力だな。それが正しいかどうかは、俺にはわからないが少なくとも、貴様には必要なことらしい。この判断が、後に響かないといいがな。俺がそう言ったとしても、貴様にはなす術もないだろう。それに、ここでの回収が見つかってしまっては、ここでは二度と力の収集に来ることもないだろう」
珠に入る黒い煙の量が少なくなっていく。それが男性の持つ珠の中に入る煙の量なのだろう。いつの間にか、球の色も向こうの景色が見えなくなるほど色が濃くなっている。彼は男性が珠を持つ手をマントの中に入れるところを少しも見逃さずに見つめていた。




