穏やかな森の異変 3
カオウとジャスの会話を彼はドア越しに訊いていた。目は覚めているが、まだ体が動かないのだ。目を開けることはできるが、目を閉じたまま、二人の会話を聞いていた。隣のいるクリスも二人の話を聞いたせいなのか、鼻をすする音が聞こえてきた。おそらく、メートの為に声を出さずに泣いているのだろう。動かない体では、彼女の頭をなでることすらできない。声も出せず、彼は耳で今の状況を聞くしかないのだ。
その日、彼は結局、起き上がることができず、いつの間にか眠ってしまっていた。
この村の人であれば、あれだけの戦闘をすれば体も動かなくなるというかもしれないが、彼自身はそうは思っていなかった。あの程度の魔獣の相手をするのに、こんなに体に疲労がたまるはずがないと、そう考えていた。ここに来る前の戦闘ではもっと、強大な敵を倒してきたのだ。あの程度の魔獣に苦戦すること自体がおかしい。相手が未知の魔獣であり、その対処を探るのに、時間がかかっても、体が動かなくなるまで疲労していること自体に疑問を持ってしまう。もしかすると、あの場所から魂だけになり、この世界に入り、体が構成されたときに、この世界の体として作り出されているのかもしれないと考える。そして、この世界で構成された体は、前の世界のものよりも弱く作られてしまって、体内の魔気の量も体力も少なくなっていると考えるしかないだろう。そう考えれば、威力の強い魔法をあれしか使っていないのに、体内の魔気が少なくなった時の症状が出るはずがないのだ。
そのことを思えば、多少がっかりしたが、知識や戦術自体は記憶の中に残っていて、それを使うことはできる。全てリセットされたわけではないのだ。超能力だって正常に機能していたし、魔法だって前と同じように使用できた。そして、体力も魔気もこの世界で鍛えれば、前と同じように戦えるかもしれない。彼は現状を前向きに考えて、前の体に比べて伸びしろがあると思うことにした。
翌日。彼は体の痛みによって目が覚めた。その痛みは傷口の痛みではなく、筋肉痛だった。いよいよ、この世界で構築された体が前の世界での体よりも弱く作られているという考えが真実味を帯びてくる。いや、この世界の体が弱いのではなく、前の世界の体が強いと考えるべきなのかもしれない。あれだけの無茶をして生き残ることができていたのだから、そう考える方が自然だろう。どちらにしても、結局は今の体が前の体よりも性能が低いことは変わらない。そのことについて頭を悩ませていても意味はないだろう。彼はスパッと考えるのをやめて、筋肉痛のする体を起き上がらせる。すると、体から何枚もの赤と緑の混じった布が落ちていた。それはカオウが処置した傷薬を塗った布であった。彼は自身の体を見たが、既に傷口は全て塞がっているようだった。傷跡が残っている個所もあったが、痛みもなく違和感もないため、おそらく正常に戻っているのだと結論付けた。そして、彼は血まみれ、穴だらけの服を抜いた。上に来ていたベストにも血がしみ込んでいて、最初から着ていたこの服は二度と切れないだろう。彼はその服を脱ごうとしたが、脱いだとしても、替えの服がないことに気が付いた。そもそも、この世界に来た時には衣服以外のものは何一つとして持っていなかったのだ。もちろん、着替えなんてものがあるはずもない。彼はその状態であまり人の前に出たくはなかったが、どうすることもできずに寝室を出た。
「あ、メートお兄ちゃん。起きたんだね」
彼が部屋から出たことに、最初に気が付いたのは、テーブルの上で食事をしていたクリスだった。クリスが声を出したことで、クミハもそれに気が付いた。いまだに彼を心配しているようだ。
「大丈夫? 傷はもう痛まない? まだ、休んでてもいいのよ」
彼は腕をぐるぐると回して、大丈夫だと答えると、彼女は少し安心したようだった。ジャスはすでに仕事に出ているのか、その場にはいなかった。彼がその場に立っていると、クミハが衣服を彼に差し出した。
「もう、その服は着れないと思うの。だから、着替えを用意したんだけど、替えます?」
彼はその言葉に考える必要もなく、頷いた。彼女から着替えを受け取る、再び寝室へと戻る。彼はすぐに来ている服を脱いで、もらった服に着替えた。その服はシンプルな白色の布の服で下は薄茶色のくるぶし程の丈のズボンだった。どちらも着心地は悪くなく、軽く動いてみたが、その服が小さいということもなかった。強いて言うなら、少し大きいくらいだろうか。それでも、気になるほどではない。彼はそれを着て、寝室から出た。来ていた服は椅子の背もたれのところに二つ折りにしてかけて置いた。




