穏やかな森の異変 2
メートの切り傷に、カオウは深緑色の液体を清潔な白い布にしみこませて、患部に当てていた。彼の用意した布では足りず、結局、全ての傷口に布をつけることはできなかったが、比較的大きな傷口には、深緑色の液体を付けることができていた。
「これで、少し薬を馴染ませよう。それまでは、動かせない。その間、彼を守るのは俺たちだ」
彼は集まっていた警備隊にそう言った。その言葉を聞いた彼らは、メートを、この村の英雄を守ろうと意気込んでいた。メートは弱って、体が動かないだけで意識はあった。周りの状況も理解していて、彼らが来てくれたことに安堵していた。ここからは、彼らに任せても大丈夫だと思い、彼らに任せることにした。
彼が回復する間には、クリスが小さな手で彼の手を握り、回復を祈っていた。カオウは彼に背を向けて座っていた。その姿は、誰にも彼に手を出させないようような気合を感じた。
彼の傷の具合が多少良くなるまで、警備隊は周りを警戒していたが、カオウが動かしてよしというまでの間、弱い魔獣も出てこなかった。警備隊はこれだけ人がいれば、魔獣はその気配か匂いを辿って集まってくるものだと思っていたが、そういうこともなかったのだ。そして、カオウとジャスが彼を慎重に持ち上げて、村へと向かうことにした。
魔獣が出てこなかった理由は、メートがあの正体不明の敵と戦って、魔獣すらもその場所に近づけなかったからだ。おそらく、あの魔獣を野放しにしていれば、この森から魔獣が出ていき、村を襲った可能性の方が高い。おそらく、ビガルパウズ程度の魔獣で戦えないとなれば、弱い魔獣でも大量に村に向かえば、警備隊では対処できなくなるだろう。そして、森の奥にいる魔獣も外に出てきていたということは、最後にはああいった魔獣も村を襲っていたかもしれない。彼がいなければ、どうあっても村は滅びていただろう。警備隊の中には未だに、彼を信じきれないものもいるが、彼が戦い、未知の魔獣を倒したことは信じるしかなかった。
メートを村の中に運んで、ジャスの家の中に運び込んだ。血まみれの彼を見て、クミハも驚いていた。彼女は彼を見て、確かに驚いていたが、すぐに深緑色の薬出してきた。それを清潔な布につけていた。それをジャスに渡して、彼の傷に貼らせようとしていた。しかし、彼の体には大量の布が貼られているのに、気が付いた。
そのまま、布を引こうとしたが、カオウがそれを受け取り、それをまだ彼の体に貼っていない場所につけた。そして、メートをベッドの上に寝かせて、彼を休ませる。ベッドに寝かされた彼の隣にはクリスがついており、彼の手を握りながら、彼の回復を祈っていた。カオウとジャス、クミハも彼の容態が心配だが、それと同じくらいに心配なことがあった。それは強いと聞いていた彼をこんな状態にする魔獣がいるということであった。今までは、確かに強い魔獣がいないわけではなかった。彼らからすればビガルパウズですら脅威であるが、ビガルパウズがこのあたりで一番強い魔獣なのだ。それ以上の強さの魔獣はこの辺りには出てきたことがない。森の奥に入ったとしても、ビガルパウズと同等の強さの魔獣が強さの限界である。村人たちはメートが戦った魔獣の強さを見てはないが、彼の傷の状態からして、ビガルパウズよりも相当強い魔獣であることはわかるだろう。
そして、その強さの魔獣が一匹だけと断定することはだれにもできない。森の奥に入れば、それ以上の強さのものもいるかもしれないのだ。現状、その兆候は森の中にも見られないが、安心できるはずもない。
「《《狭間》》に落ちてきたのか、元々いたのか。それとも、別の場所から迷い込んだのか。……今、森に何が起きているんだ」
ジャスとカオウがジャスたちの家の椅子に座りながら、頭を抱えていた。また、今日のような魔獣が出てくるとすれば、彼らではこの村を守ることはできない。それどころか、挑めば死んでしまうだろう。村人もこの村を捨てて逃げるしかない。
「……調査、するしかない。もう、安全なのか。まだ、ああいうのがいるのか。もしいるなら、この村を捨てた方がいいだろう」
カオウの低い声でそう言った。その言葉に、ジャスは怒りの目を向けるが、すぐにその目を背けた。村を捨てるという選択肢を迷わずに口にした彼に一瞬だけ苛立ったが、命を落とすよりは何倍もましな選択肢である。人がいれば村はまた作ることはできるが、村を守るために人が死んでしまっては本末転倒だ。ジャスもそれを理解したから、目を背けたのだ。長く住んでいるだけ、この村に愛着があるのは当然だろう。そして、それは村を捨てるという提案をした彼も同じはずだ。だからこそ、ここまで低く、言葉にしたくないような声色で、そういったのだ。
「……村は、最初からだが、また作れる。だけど……」
「わかってる。それはわかってるんだ……」
カオウとジャスの間に重たい空気が流れる。その会話を聞いていたクミハの心も重くなる。死んでしまっては意味がないというのはだれもがわかっていることだが、そう簡単に、思い入れのある場所を捨てるなんて決断ができるわけがないのだ。




