町に滞在するなら 5
穏やかな森の奥。ジャスと共に森の中に入ってきた、二人の視線の先には木々が倒れた広場があった。そこには明らかに長い爪をもって戦っている化け物と、それを回避し続けている人がいた。広場の木々が倒れて、そこにさす太陽の光のおかげで、そこで戦っている者たちの見た目もすぐに見えることになった。
人間の方は、彼もよく知っている人物であった。その魔獣と戦っている人間はカオウであり、彼は魔獣との距離を適度にとりながら、相手の爪をわざと振らせて、それを回避しやすいように誘導しているような動きに見える。しかし、その攻撃にカウンターで近づいて攻撃することはなく、ただただ回避だけを続けていた。その動きは時間稼ぎにしかなっていないと思ったが、おそらく、カオウはこの森の中に相手を引き付けておくという役割なのだろう。そうして時間を稼いでいる間に、他の戦力を集めてきて、この魔獣を討伐するという話だったのかもしれない。だが、彼もいつまでも囮を続けられるわけではないだろう。数gに加勢した方がいいに決まっている。
彼は手助けをするべき相手が見えて、ジャスの案内についていく必要がなくなり、彼をおいてカオウが戦っている方へと移動する。そうするとさらに魔獣に近づいて、相手の見た目もはっきりとわかるようになった。ジャスから聞いた通りの見た目で、こげ茶の体毛を持つ熊のような見た目の魔獣で、その大きさはメート一人半くらいの大きさだった。だが、相手の持つ爪は彼が話を聞いて想像していた爪よりも長いと思っていた。彼の一人分とまでは言わずとも、それくらいに見える程度のリーチが相手にはあるようだ。カオウが反撃しないのは、それだけの距離を一気に詰めることができないからかもしれない。とにかく、彼と入れ替わり戦闘を行わなくてはいけないだろう。だが、声をかけたところで、魔獣が動き出してしまえば、カオウが攻撃を受ける可能性が高い。
彼はさらに戦闘している場所に近づいていた。カオウには声をかけずに、そのまま近づいていく。走っているため、距離は一気に縮まっていく。彼は剣を創造して、右手に握る。今回は盾は意味がないと判断して、盾を創り出すことはせずに、戦っている場所に突っ込んでいく。カオウが爪を振られて回避したところで、彼はその先頭に混ざる。草むらから飛び出て、相手の真横から彼の持つ剣を腹の辺りに突き出す。剣の先が相手の体に触れたが、剣先が相手の体に突き刺さることはなく、体毛のせいか、相手の体に油でもあるのか、剣先は相手の体の表面を滑っていた。彼はすぐに剣を引いて、後ろに下がる。だが、その動きが悪手であることに着地してから気が付いてしまった。
ターゲットにしていたカオウには興味をなくして、ビガルパウズは彼の方を見ていた。そして、カオウよりも彼の位置の方が攻撃しやすい位置にいることに気が付いたのか、体ごと彼の方に向けていた。カオウは魔獣を挑発しようとしたのだが、彼はそれを止めた。掌を前に出すだけのジェスチャーだったが、彼もその意図を理解したようで、彼は魔獣から離れていく。そして、今度はメートと魔獣の戦いとなる。魔獣は離脱していくカオウの方も気になっているようだが、彼が離れていくのを確認すると、相手はメートに注視するようになった。メートもカオウが離脱しきるまでの時間くらいは簡単に稼ぐことができた。カオウの体は切り傷があったが、致命傷になるほどのものは一つもなかったように見える。それだけ時間を稼ぐ戦い方を身に着けていたのか、回避に徹していたからなのか。とにかく、彼が命を落とすなんて結果にならなくて済んだのは、いいことだろう。そして、彼は次は自分の番だということを改めて、認識して気を引き締める。
彼は相手の行動を見るために、攻撃を待とうと考えていたが、その考えがまとまる前に相手から動き出していた。かなりの速度で腕を振るい、彼がそれを認識したときには相手の爪が彼の真横まで迫ってきていた。だが、その攻撃に大した工夫はなく、ただ真横から振るわれただけの攻撃だった。彼は身を低くするだけで、その攻撃を回避して、相手の方へと移動した。長い爪は確かに遠くに届くだろうが、長すぎるが故、内側には爪が届かないと思ったのだ。そして、彼の予想通りに相手の腕は内側には動かず、爪は届かない。彼はそのまま近づいて、相手の腹部めがけて、剣を真横に振るう。しかし、体毛がそれだけ固いのか、それとも皮膚の方が強固なのか、彼の振るった剣は相手の腹部の辺りを滑るだけで、ダメージを与えることができていなかった。