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私は悪役令嬢でしたから

作者: ぐまうす




 私は今、正座をさせられている。

 させているお方は目の前に立っていて腕組みをして指を忙しなくトントンさせながら、私を見下ろしている。

 誰の目から見ても大変御立腹なのがわかる。

 怒り心頭のこの方は女神テュケー様。

 幸運の女神であり我が国フォルトゥナを守護してくださっている国神様である。

「貴女、どうして正座させられているか分かる?」

 そうお言葉を承るが、分からない。

 私は公爵令嬢でいわゆる貴いとか言われる身分の人間だが、女神様にお目通りしてもらえるような者では無い。まあただ心当たりは無いわけではないが。

「女神様が怒っているからだと思います」

「……なんで怒ってるか分かる?」

「正直に言いますと、全く分かりません」

「そう、そうよね。貴女には分からないわよね。これは妾の八つ当たりだしね」

 え、八つ当たりなんですかコレ、何か深い考えがあるのかと。

「それでも貴女にも責任があるのよ!」

 責任と言われても女神様に怒られる様なことをした覚えは無い。

 う〜ん、と考えているが思い当たらない。

「貴女のせいで国が滅んだのよ!」

 私が答えを出すのを諦めたのか、女神様は叫ぶ様に言った。

「え?」

 国が滅んでいることを知って私はびっくりした。

 私が“死んだ” 時に聞こえて来た噂話では多少の問題はあるが国が滅びるとかそういう感じでは無かったはず。

 何故?

「ちゃんと前世の記憶を思い出させたよね、妾」

「はい、ニホンとかいう国の記憶ですよね?」

 魔法が存在せず我が国とは全く違う文化と様式の国の記憶を私は子供の頃から持っていた。

 前世――前の人生で私は仕事のストレスと疲労で限界一杯いっぱいオーエルだった。

 休日は体力回復と温存のために家に引きこもり、ストレスはオトメゲームをすることで解消させていた。

 そんな私の死因は、過労状態でのオトメゲームのフルコンプの疲労と達成感であった。

 私のドストライクで神作だったのが悪い。

 とりあえず、死んで転生した先が最後にしたオトメゲームの世界で、私は悪役令嬢だった。

 思い出した時は流石に、記憶に無い記憶が次々と浮かんで来て焦った。

 思い出した時は王太子妃教育を受け始めていた頃で、基本的に王太子妃教育、王妃教育なんて物は存在しない、マナーや暗黙の了解などは王族も貴族も共通だからだ。

 しかし王族特有のルールという物がある。

 マナーとルールどうせなら一緒に覚えた方が良いだろうと、初歩的なマナーを覚えたと同時に本格的な教育が始まった。

 その時の年齢は12歳である。

 それでも公爵令嬢だから、初歩だとしても厳しい物を受けさせられたと思っていたが、王族が求めるレベルは違った。

 笑顔の作り方から始まり姿勢、角度など寸分の隙も無くなるほどに体に覚えさせられた。

 知識の面でも15歳から通うことになる学園で覚えるような物を入学前に覚えろというように早いスピードで覚えさせられた。王族や類する人間の成績が悪いのは外聞が悪いので、そうならない為の予習だと言われたが、絶対に予習の範疇ではなかったと思う。

 そんな厳しい教育環境で、早ければ裕福な家の女子でも14歳で結婚する様な世界だったが成人年齢は21歳という前世の記憶から見ないまでも完全に子供には正に地獄のようだった。

 その精神的な負担で自分の頭が壊れたのかと思った。

 降って湧いた知識量に耐えきれず知恵熱で数日寝込んだ。

 誰かに相談したかったが、思い出した記憶は妄想としかいいようのない物で、下手に口にすれば妄想癖があるからと最悪幽閉されるかもと思うと怖くて出来なかった。

 もうすがれるのは無く、仕方がなくこれは何かの天啓なのだろうと自分に言い聞かせてることで、精神を守った。

 開き直ると面白い物で、前世の記憶をすんなりと受け入れられ、自分の現状がいわゆるネット小説的なよくある物だと認識出来てしまった。

「そこまでは概ね妾の考え通りだけど、それで貴女は何をしたのかしら?」

 聞かなくてもわかっているはずだけど、一応の確認のために本人から聞きたいのだろう。

「ありとあらゆる嫌がらせをしました」

 オトメゲームのテキストで記されていた物は全部主人公に行った。

 貶めるような噂から始めて、教科書や文具を隠すまたは壊す、連絡事項を教えない知られないようにして授業や提出の妨害、衣服を破り捨てる、居場所を無くす、お金で雇った不逞の輩などを使って怖い思いをさせる等した。極め付けは階段から突き落としの殺人未遂だ。

 それでも一線は守って貞操を疑わさせられるようなことはしていない。

 もちろん攻略相手の目に届く範囲で行って、主人公を助けさせた。

「なんでそうなるのよ!」

 何故か女神様は非難するように叫んだ。

「どうしてと言われましても、悪役令嬢でしたから」

「なら、最後どうなるかも分かっていたでしょ! 断罪されて身分も落とされて国外追放になって惨めなままに死ぬ。普通はそうならないようにするはずでしょう?」

「そうなると、幸せに暮らせなくなるではないですか?」

「何を言っているの?」

 女神様の方が何を言っているのでしょう?

「オトメゲームでは最後にこう記されていました。主人公とそのお相手は幸せになって国も豊かになって平和が長く続いた、と」

 恒久的な平和では無いのが悔やまれるが、前世でも無かったことだ、それはしょうがない。

「つまりオトメゲームと同じ展開をすれば、幸せが手に入るということです」

「それは貴女以外にということでしょう」

「国を幸せにすることを考えるのは貴族として当然のことでは? 私はそう教育されました。国を豊かにするのが貴族の役目だと。ならば私一人で国の長い平和を約束されているならばそれを選択するのは、予定だったとしても王族に連なる者としては当然のことです。私の我儘で確定された平和をどうなるかも分からない未確定の未来にする訳にはいきません」

 だからこそ、蘇った前世の記憶を天啓だと信じきれたのだ。

「だとしても前世の価値観を引き継いでいるでしょう」

「前世のあの世界だからこそ許される価値観が、今世の世界で許されるかというとそうでは無いと思います。時と場所が立場が変われば考え方も変わる物だとも思います。前は前今は今です」

 前世から見れば私のしたことは生贄になることだ。前世でも今世でも命は尊いのは確かだが、しかし幸せとは犠牲無くしてはありえないのも事実である。

 つまり、前世の記憶を蘇らせたのは私に平和の礎になれということだったのだと思ったのだけど、どうも女神様の反応がよく分からない。

「あー、貴族としての責務と自己犠牲による利益が保証されて前世の社畜根性も加わってのハイブリッドな覚悟がキまっちゃったのかぁ」

 女神様は何か納得したらしい。

「ところで女神様、一つ質問が」

「何かしら?」

「何故国は滅んだのでしょう。私が死んだ時にはすぐに滅びそうな雰囲気は無かったと記憶してますが」

「ああ、滅んだと言っても革命が起きて支配者の首が挿げ替えられたというのが正解ね。時期も貴女が死んで数十年後ではあるわね」

 え、そんな後のことに責任があると言われても困る。

 どうも批難するような雰囲気が滲み出ていたらしく、気まずそうな表情をされた。

「はあ、完全に妾の落ち度か。人間は多かれ少なかれ利己的で、自分が不幸にならないように動く物だと思い込んでたわけか」

「どういうことですか?」

「前世の記憶があるから分かると思うけど、悪役令嬢モノと言ったら理解出来る?」

「王道が好きでしたので数作品ぐらいしか読んだことしかないですが、概要は大体わかります」

 簡単にいうと、悪役とされた令嬢が逆ハーレム作りながら成り上がる話だ。

「となると、女神様の想定では断罪されたく無い私が色々行って、その結果国が栄えていたと?」

「大雑把にいうとそういうことね。生贄というなら主人公こそが生贄だったのよ」

「主人公が可哀想ですし、迂遠過ぎませんか? 国を幸福にしたいならもっと簡単な方法があったかと」

「あの子の役割はあの子にとっての禊なのよ、まあそこは貴女には関係の無い話だからいいわ。方法については余計な手間をかけてる自覚はあるけど、それは妾がそういう神だからよ」

 幸運の女神だから?

「幸運というのは掴まないと得られない物よ」

 つまり、国を富ませられることが出来る私に前世の記憶を思い出させて悲運を回避するという幸運を掴ませることで結果的に国を豊かにするという手段を取らないと、介入出来ないということか。

 神様とは案外不便なんですね。

「しかしですね。ゲーム通りに進めても上手くいったのでは? 何故か革命起きちゃってますが」

「それは貴女のイジメの結果ね」

「私の」

「ゲームに似た世界であってゲームではないとはわかっていたわよね?」

「はい、きちんと理解していました」

「普通あんな仕打ちを受けて耐えられる人間はいないの。貴女は貴族の恐ろしさを骨身に染みるまで覚えさせちゃったのよ。王太子妃になるということは怖い存在である貴族の渦中にいることよ、味方なんて殆どいない中で心休まる時なんて無いでしょう、唯一の味方である王子様は公務やらなんやらで中々会えない。さらに勉強を妨害されていたから知識は完璧には身についていない卒業すら危かったほどよ、でも本来なら卒業と同時に婚約者として公務に関わらないといけないのをズラして一年で最低限詰め込まされて、それ以降は公務が無い時はずっと勉強をさせられていたわ。その詰め込まれ方は公務や社交界も相まって拷問のようだったでしょうね」

 あまりの悲惨さに、主人公の前で土下座したくなって来た。

「そうなってくると、王子様とは軋轢が生じ始めるし、真実の愛の相手よりもすぐ側で支えてくれる人間に靡いてしまうのも不思議じゃないでしょう?」

「まさか、不貞を……」

「かろうじて一線は越えていなかったけど、時間の問題だったかしら。それに王子がそれほど優秀でなかったのも良くなかったわね」

「普通くらいではなかったですか」

「婚約破棄なんてやらかしの評判を覆せる程ではなかったわね」

 王家と公爵家の契約をそれも契約主抜きで破棄したことを覆せることなんてどれだけの功績を上げれば出来るのか、もちろん王子だけではなく主人公にもそれは求められて当然である。

「とはいえ部下の方がフォローすれば」

「それは無理ね。元々国自体が問題を抱えていたのよ。それを解決するのを含めて転生されたのが貴女だったってわけ」

「私ですか? ですが特別な力も知識も無いのですが」

「前世の記憶が些細なことも含めて丸々あったのは気付いていたかしら? その中から自由に知識を取り出して活かせばどうにか出来る問題だったのよ」

 なろほど、今までの話を聞いて、まあ八つ当たりしたくなるのが多少分かってしまった。

 というか、知らなかったとはいえ結構やらかしてないかしら私。

「ちなみに革命の主導者って」

「違う方よ。ただ最大のスポンサーではあったけど」

 そうですかー。

 まあお父様が軽んじられてそれを呑み込んだのに、結果がそれではスポンサーぐらいにはなりますね。というか本当に糸を引いてなかったのかしら?

「それで私はこれからどうなるのでしょうか?」

「最終的には転生させるのだけど、飽きるまでここにいても良いし、前世の世界に戻っても良いわ」

「でしたら、前世と今世とこの会話の記憶を持って今世の世界に生まれ変わることは?」

「出来るけど、なんでそんなことしたいのかしら。死に戻りでも良いわよ?」

 神がわざわざ済んだことに対して反省会を開いたのだ。何か思惑があるぐらいは分かる。

「死んでもパラレルが増えるだけで私が生きた世界が救われるわけではないので。問題は解決してないんですよね?」

「その察しの良さを生きてる時に発揮して欲しかったわね」

 もし察せなかった場合どうなっていたのか……考えるのはやめておきましょう。

「すみません。考えるのが遅いので、情報は全部最初から提示してもらわないと考え至らないんです」

「しれっと批判してきたわね。まあ、今回は非は妾にあったのは認めてることだからいいけど。お詫びとして何か要望があれば聞くわ」

「それでは幸運を」

「はい、来世頑張って来なさいなー!」


 女神の言葉と同時に元悪役令嬢はこの場から消え去った。




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― 新着の感想 ―
[一言] これは幸運の女神さまが悪いな。 どうせ前世の知識をよみがえらせるという手間をかけるなら一言「汝の成したいことを成せ」とでも神託しておけば暗黒神官のように我欲に走れたでしょうに。
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