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「今日の文化祭準備、参加して欲しいの。」

私は勇気を出して、彼らに言った。

私の声は思ったより教室に広がる。

しかし、彼ら以外のクラスメイトは皆んな、5分休みを雑談で、勉強で、読書で、忙しそうだった。

でも、視線を向けずともこちらに意識を向けてくるのがハッキリわかる。

緊張から、顔が赤くなる。

最後列の私達は、クラス全員から注目出来る位置にいた。

教壇に立つより、学年集会で前に出るより、私の体は強張った。

顔は彼らのどちらにも向けない。

見たら私は、その弱さに声のトーンを上げてしまうだろう。

彼らを誘うことは、学級委員である私に課せられた、一種の罰だった。

本当は、これ以上私の仕事を増やさないでくれって、面と向かって言いたかった。


「用事があるから。」

彼は言った。

授業中に何の用事が入るんだと思ったが、口には出さない。

私に向いていた意識が、彼ことケンジ君に向いていく気がする。

でもその意識は、少しずつ尖っていく。

彼は席を立ち、それに呼応する様に彼女も席を立った。

私は彼らに、待ってと声をかける。

でも、その声にあまり熱意は乗らなくて、積極性に欠けていた。

だからそれを補う様に、私は彼の袖口を掴む。

彼がこちらを向く。

その顔は酷く怯えているけれど、歪なところで一本筋が通っている様な、よくわからない表情をしていた。

そのまま私の手を振り払って欲しかったけれど、こちらをただじっと見つめる彼に、私はただクラスの総意を伝えた。

「大丈夫だよ。私たちはあなた達を許容する。」

その言葉は私のじゃないよ、私はただ、皆んなから尿検査を集めた保健委員みたいなもんなんだよ、そんな言い訳が思考を支配する。

私は何故か、その時雫さんの顔を見た。

いや、こんな状態の可哀想な私を助けて、そうすがったんだろうか。

でもその目線は、親が子を守る様に、私に突き刺さっていた。

気づいた頃には、彼の顔は青白くなっていた。

掴んでいた袖口は、私だけの力で45度になっている。

すると突然、彼の手に力が宿り、袖口から手を離された。彼らは逃げる様に教室を去っていく。

先生は彼らのことを不良と言うけれど、私は病床が無いだけの患者に見えた。


私たちのクラスは、劇をやるらしい。

ロミオとジュリエット、なんて、今時やるにはやり尽くされているものを。

文化祭が明日に迫った今日は、リハーサルと最後の仕上げをする予定だ。

でも、ジュリエットを誰がやるかで、まだ揉めている。

私は別にどうでもいいのが本音だ。

内申を少しでも良くするために始めた学級委員なので、事なかれ主義で文化祭も通していくつもりだった。

しかし、人選を見誤った。

文化祭マジックにより、ロミオ役の男と、照明係の女が付き合ってしまった。

正直、高校の文化祭の劇に、演技力なんてほとんど求められてない。

身内が面白ければ、それでいいのだ。

照明係の女が、えー〇〇ちゃんがジュリエットやりなよー笑、的なノリで担ぎ上げられた。

私にとっては、クラスの民度が分かった瞬間でもある。

そうなると、今のジュリエット役が今までやってきた練習を無駄にして、照明係にジョブチェンジできるかが問題になっていく。

しかし、プライドが高いジュリエット役のA子は、役を譲らなかった。

結果、クラスはそのひずみが未だ残った状態でリハーサルを迎えることになった。


どうにかしようと言う動きもあった。

それが、雫さんとケンジ君を舞台の主演にしてしまえ大作戦だ。

文化祭準備に参加しない二人を参加させ、なおかつA子も照明係もジュリエットにならないことで蟠りも消え、皆んなハッピー、と言うことらしい。

なんだかんだで、雫さんの事はみんな心配していた。雫さんのことは。

でもそれは、今しがた玉砕した。

体育館に向かう皆んなの足取りは重い。

そんな中A子の足音だけが、やけにうるさかった。


リハーサルが始まった。

拙い演技だけど、みんな台本だけは抑えていた。

結局ジュリエット役はA子のままだ。

一度決まった配役を引き摺り下ろすのは、どうやら女子の圧力でも難しいらしい。

しかし確実に、A子はクラスの女子の輪に席が無くなるだろう。

それを物語る様に、A子の演技だけが際立って、浮いていた。

彼女の表情には全く迷いがない。

あれが強がりなのか、振り切った笑みなのか、私は分からなかった。

ふと、雫さんの顔が浮かぶ。

彼女は昔、こんな風によく自分を自虐した。

今思えば、助けを求めてたのかも知れない。

ああ、貴方はどうしてロミオなの!

劇が佳境に入った。

彼女の演技は、だいぶ熱がこもっている。

それとは対照的に、女子のギャラリーの熱は冷めていく様だった。

ただ、今舞台上で1番楽しんでいるのは彼女だし、1番輝いているのも彼女だ。

劇が終わると、見学していた裏方から拍手が上がる。

でも、一部の女子は拍手を拒絶していた。

これは抗議のつもりなのだろうか。

A子のやり切った表情は、彼女らの影を深くしている。

A子は一度たりとも、彼女らを見なかった。


「A子マジ調子乗ってない?」

「ね、何あんな張り切ってるんだろうね。」

体育館からの帰り道、そんな会話が起こりそうな前集団の後ろを歩いた。

A子は劇を終えるや否や、クラスに戻った。

男子達は劇に使う道具を運んでいる。

そんな中私たちは、JK特権を片手に手ぶらで教室に戻る。

彼女らはたった一言で、湧き水が湧いたみたいに次から次へと話し始めるだろう。

そんな彼女らの醜さを言葉に出して突きつけてやりたい気持ちをグッと抑える。

そんな時限爆弾みたいな連中の後ろで、小さくなりながら教室にたどり着くと、A子が教室の前で突っ立ってるのが見えた。

不思議に思いながら教室に入り、唖然とした。

そこには拙い字で、豪快に、こう書かれていた。

お元気で!

頑張って台無しにするから!

横に小さく描かれた顔文字が、幼稚さを際立たせる。

小中高が同じ地元の人間が多いこの学校では、その字が誰の字かすぐに特定されるだろう。

私たちは顔を見合わせて頷き、それを消し始める。

私たちはみんな、雫さんを悪く思っていない。

むしろ彼女の生き方に、安心と興味を抱いていたんだと思う。

でもそんな退廃的で、いじらしい彼女が、転校してきたあの男のせいで、変わってしまった。

刹那的で快楽主義の、死にたがりにされてしまった。

彼女が弱い人間であると知りながら、動物園の動物を見る様な、そんな接し方をしていた私達にも非があるのかも知れない。

でも、そんな弱さに漬け込んで彼女に依存したのは、間違いなくあの転校生だった。

後ろの黒板に、光が当たる。

文化祭まで後何日の文字が、意味を取り戻した気がした。

「ねぇ、私さ、雫ちゃんになら役譲ってもいいよ。」

A子は黒板消しで、おの部分を丹念に消しながら言った。

黙々と消す数秒が流れたが、糸が切れたみたいに皆んな笑い出した。

それじゃ意味ないでしょ笑とか、なんでそうなる笑とか、性格の悪い女達は、悪い部分が浄化されていた。

それからは話が盛り上がった。

皆んなと少し、仲良くなれたかもしれない。

男子連中には、既に文字が消えた黒板を消し続け談笑している、異様な光景が映ったかもしれないけども。

そうだ、私達はこんなことで、すぐ和解できる。

そんな軽薄な人生が、楽しいと思ってる。

文化祭は、雫さんと仲良くなろう。

それで一緒に、喫茶店に行ってアイスでも食べるんだ。

あの男は、絶対に引き離す。あ、剣道の話も聞きたい。

私達は黒板を消しながら、同じ決意を固めた。

 

今でも私はあの頃の気持ちを覚えている。

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