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僕は雫を、後ろから包み込むようにして座っていた。

雫の体は骨が直に伝わってくるし、くたくたのジャージは、彼女の匂いがする。

僕はあの日雫にされたように、頭を彼女の肩に乗せた。

首筋を嗅ぐと、くすぐったそうに体をくねらせる。

今の僕らには、二歩分のスペースは必要なかった。

「剣道って、暑いでしょ。大変だったね。」

僕は肩に頭を乗せたまま、雫のポケットに手を入れる。

雫の体温を初めて温かいと思った。

雫は、んーと考えた後、僕の顔に張り手を食らわせた。

「暑くないよ?でも、今はちょっと暑い。」

雫は左手をワシワシと動かし、イタズラっぽく笑った。

僕は薄く微笑み、雫を抱きしめる。

もう、そんな虚勢を僕に張らないでほしい。

4限の終了を知らせるチャイムが鳴った。

彼女は僕から無理やり抜け出し、座ったままの僕に、右手を差し出す。

「コンビニ行こ。」

僕を見下ろす澪は、自然に笑っている。

その顔は投げやりと言うより、全てを投げ出したいように疲れていた。

雫の手を取り、握り返してくる弱さを感じる。

この幸せは、きっとすぐそこに終わりがある、だからこそ輝くのだろう。

失いたくないから、苦しい。

大事にしたいのに、ゴミの様に吐いて捨てたい。

体育館から、屈託のない笑い声が聞こえてきた。

彼らの輝きも青春も夢も希望も、思ったよりも取るに足りない物なのかも知れない。

今は、そう強がれるだけの理由があった。


コンビニまでは少し遠い。

右を田んぼに、左を住宅に囲まれた道を抜け、交通量がやけに多い道路に配慮しながら、横の歩道を歩かなければならない。

僕らは並んで歩いていた。

雫はジャージを脱いで僕に持たせている。

ワイシャツ姿の雫は、腋の汗が目立って艶かしい。

僕は持っていたジャージを、ギュッと抱きしめた。

交通量の多い道路に差し掛かると、雫は僕の腕に自身の腕を絡ませてきた。

密接した体同士が、互いの熱を伝わらせる。

「明日と明後日は、文化祭。」

すると自分に言い聞かせる様に、雫はそう呟いた。

「じゃあ、明後日?」

僕は言った。

雫はこくりと頷く。

「私達が立てる中指は、世界に残ると思う?」

「少なくとも君と僕の名前は、その翌日の朝刊に載るよ。」

雫は驚くほど口角を上げて笑う。

「後少しだね。」

それは、人によっては、狂気と診断される物なのだろうか。

彼女の悲願は安っぽく、そして甘美で歪だ。

牙を折られた雫は、今にも崩れてしまいそうに見える。

だが、2本の心許ない足でちゃんと立っていた。

僕はその事実に目を背けたくなるほど、彼女を愛しく思う。

走行中の車が僕らを追い越す度、雫は体を震わせる。

どうやら雫は、文化祭2日目に僕と全てを終わらせたいらしい。

しかし、雫はまだ完成されていない。

雫の計画通りに彼女を終わらせるのは、僕の思い描く理想とは違った。

雫は現実に生きていて、僕は夢想に生きているのかもしれない。

詳細を良く聞いていなかったので、この話になる度に、僕は彼女に空返事で返している。

虚勢も張れない雫は酷く幼く、怯えていた。

僕の気が変わらないうちに、生き急ごうと必死な雫は、僕の左腕を強く抱いた。


コンビニに辿り着くと、僕らは一個ずつ菓子パンを買う。

僕はメロンパンを、雫はコッペパンを買った。

僕らはだだっ広いコンビニの駐輪場で、ボロボロとカスを落としながら食べる。

黙々と食べ進めていたが、雫はちょっといい?と遠慮がちに切り出した。

「私、3時間目寝てた時に、夢を見たんだ。」

僕はメロンパンを一口大に千切りながら、口に放り込む。

雫は口いっぱいにコッペパンを頬張り、次の言葉を待つ僕を、じっくりと焦らす。 

「黒いモヤがかかったような世界で、今にも爆発しそうな風船が、私の目の前にあったんだ。私はその前で腰を抜かして、立ち上がれなかった。膨張する風船から、必死に逃げようと私はもがいた。そしたら奥に、ケンジが見えた。」

雫は残りを口に押し込み、また僕を焦らす。

僕らの目の前に車が止まった。

黒塗りの車から出てきたサラリーマン風の男は、僕らを一瞥し、軽快な入店音と共にコンビニの中へ入って行った。

「ケンジは私をジッと見てた。なんか、複雑な顔で。で、もうダメだって時に駆け寄ってきた。それでーーー。」

考えを振り払うように、雫はブンブンと頭を揺らした。

「忘れて。やっぱなんでもないよ。」

雫はポリポリと首筋を掻いた。

強く掻いたせいで赤くなっている首筋を、僕は優しく撫でた。

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