2
クラスはもう捌けていた。
校長の長い話と表彰が終わると、一限のため着替えた同級生らは、我先にと体育館へ向かう。
授業が始まる2分前、僕はまだ教室にいた。
ため息を吐き、体育館に行く準備を始める。
すると、タッタッタッ、廊下をかける足音が聞こえてきた。
振り向かないが、その足音の主に、僕の心ははち切れんばかりに揺れていた。
「エクスカリバー!!」
後頭部に衝撃。席を前にして立っていた僕は、ギギーと言う音を机にならさせながら倒れ込んだ。
振り向くと、雫はしてやったりといった風に笑った。
「ん、あんまり怒んない?渾身のチョップのはずだったんだけどなぁ。」
雫は一番近くにあった席に座り、足を組んだ。ジャージに着替えていた彼女は、右の袖口を噛んで引っ張っている。
そんな彼女に見惚れつつも、立ち上がり意を決したように口を開ける。
「剣道部、だったんだ。」
「なんで言わなかったのって?」
にんまりと笑う。まるで僕の心情など見透かしているように。
すると、雫は急にシリアス顔で自分の右足に頬杖をつき、遠くを見つめた。
「知らない方がいいこともあるんだ、、、そう思わないかい?」
決まったとでも言う様にキメ顔をしていたが、チラッとこちらを見て、それが通用していないと分かると、はいはいと首をガックリと落とした。
「剣道は中学にやってたんだよ。でも、高校ではやってない。剣道部は、部員私しか居ないし、最近はめっきり活動もしてない。顧問の先生が出てみればって言うから、気分転換に出ただけ。」
満足?と雫は微笑む。
「じゃあ、俺も剣道部に入るよ。」
「え?やったことあるの?」
「ないよ。」
「じゃあ、なんで?」
「それは、、」
二人の間で沈黙が流れる。
外で体育をしている他学年の声が窓から聞こえる。
雫は仏頂面で僕の言葉を待っていた。
「いや、何でもないよ。」
「ふーん、、まぁいいや。」
捻り出した言葉は、雫にあしらわれた。
雫は立ち上がると、開け放たれた扉に向かって歩きだし、教室から渡り廊下に出た。
「あっ、今からサボりに行くけど、来る?」
襟に顔を埋め雫は言う。うんと言い、教室を駆けた。
雫にとってサボりとは、体育館の裏でたむろすることだ。
辿り着くと、雫は徐ろに取り出したパーラメントをふかす。
雫の全てを知っていたいが、タバコをいつもどう手に入れているのかは、知りたくなかった。
タバコの匂いと煙が充満する。
僕は吸えるだけそれを吸い込み、むせた。
受動喫煙なんてお構いなしかよと雫は笑うが、その目はあの日と同じ物だ。
しばらく無言が続く。雫は思い出したように、腕を捲った。
その後、世に言うヤンキー座りを披露したので、僕もそれに続く。
僕は雫の瞳を見ていたが、彼女は地面に這う蟻達を見つめていた。
群れから炙れた一匹の蟻が、そこかしこを這い回っている。
「それ、面白い?」
「別に、面白くはない。」
「僕はちょっと可愛いなって思う。」
「どこが。」
こちらをみて、睨みつける。レッサーパンダの威嚇を連想した。
「君に、似ている。」
雫を指刺しながらそう言うと、文字通り目を丸くした。
そして、とてんとひっくり返ると、わざとらしくケラケラと笑う。
左右のローファーが上下に動くたび、砂が舞い、僕にもかかる。
ひとしきり笑うと、雫は立ち上がった。
「あーあ、しょうもない。保健室行こー。」
雫に続いて立ち上がると、彼女は僕に近づき、僕のジャージについていた砂を払った。
体育館と西棟をつなぐ廊下を歩き、右手側の奥にある保健室へ向かう。
縦列で僕が後ろ、雫が前。僕は雫の二歩後ろを歩く。連れ立って歩くときは、この形を崩さない。
保健室に着くと、雫は乱暴にスライドドアを開ける。
「たのもー!!」
威勢のいい声に、足を膝の上に乗せて作業をしていた養護教諭が反応し、ゆっくりと笑みをこちらに向けた。
「雫じゃないか。サボりに来たの?」
養護教諭は落ち着いた声でそう言った。
薄いカッターシャツを着ており、捲った腕からは細い腕が露出している。
養護教諭らしからぬ青のジーンズは、膝の辺りにダメージが入っていた。
長い髪を結んだポニーテールも相まって、先生と言うより、キリッとしたサラリーマンを思わせる。いや、サラリーマンはダメージジーンズなんて履かないだろうが。
「そんなとこー。上手くやっといてくれる。」
「はいはい。でも、今日はもうサボるなよ。サボりは1日1限まで、忘れてないよな?」
わかってますよーだ、そう言い雫は近くにあったベッドに倒れ伏した。
養護教諭はそんな雫を困ったように見て、彼女のジャージを脱がせ、布団をかけた。
「今日はケンジも一緒かい?」
彼女のジャージを畳みながら、僕にそう尋ねる。
こくりと頷く。畳み終わったジャージを机に置き、養護教諭は僕を見た。
「大丈夫かい?」
また、頷く。
この養護教諭は、雫を理解するに至らなくても、尊重はしている。
そうか、と養護教諭は水筒のお茶を紙コップに注いだ。
「気にしないでくれ。私は、別にお前らを否定したい訳ではない。ただ、その終着点を私は知らないから、どうしても、そう、気になるんだよ。」
養護教諭は、僕に紙コップを差し出す。
「雫を、お前はどうしたいんだ?」
養護教諭はそう僕に尋ねた。優しく柔らかな声には、その問いかけは似合わなかった。
雫はまだ起きているだろう。
だが、彼女が僕を裏切ったのは、僕が意思を明確にしなかったからだ。
養護教諭は、試しているのだろうか。僕が雫と共に破滅を、はたして歩めるのだろうか、と。
「僕は彼女が進む道の、二歩後ろを歩くだけです。」
静寂が流れる。ギシギシと、ベットが音を立てた。




