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クラスはもう捌けていた。

校長の長い話と表彰が終わると、一限のため着替えた同級生らは、我先にと体育館へ向かう。

授業が始まる2分前、僕はまだ教室にいた。

ため息を吐き、体育館に行く準備を始める。


すると、タッタッタッ、廊下をかける足音が聞こえてきた。

振り向かないが、その足音の主に、僕の心ははち切れんばかりに揺れていた。

「エクスカリバー!!」

後頭部に衝撃。席を前にして立っていた僕は、ギギーと言う音を机にならさせながら倒れ込んだ。

振り向くと、雫はしてやったりといった風に笑った。



「ん、あんまり怒んない?渾身のチョップのはずだったんだけどなぁ。」

雫は一番近くにあった席に座り、足を組んだ。ジャージに着替えていた彼女は、右の袖口を噛んで引っ張っている。

そんな彼女に見惚れつつも、立ち上がり意を決したように口を開ける。

「剣道部、だったんだ。」

「なんで言わなかったのって?」

にんまりと笑う。まるで僕の心情など見透かしているように。

すると、雫は急にシリアス顔で自分の右足に頬杖をつき、遠くを見つめた。

「知らない方がいいこともあるんだ、、、そう思わないかい?」

決まったとでも言う様にキメ顔をしていたが、チラッとこちらを見て、それが通用していないと分かると、はいはいと首をガックリと落とした。


「剣道は中学にやってたんだよ。でも、高校ではやってない。剣道部は、部員私しか居ないし、最近はめっきり活動もしてない。顧問の先生が出てみればって言うから、気分転換に出ただけ。」

満足?と雫は微笑む。

「じゃあ、俺も剣道部に入るよ。」

「え?やったことあるの?」

「ないよ。」

「じゃあ、なんで?」

「それは、、」

二人の間で沈黙が流れる。

外で体育をしている他学年の声が窓から聞こえる。

雫は仏頂面で僕の言葉を待っていた。

「いや、何でもないよ。」

「ふーん、、まぁいいや。」

捻り出した言葉は、雫にあしらわれた。

雫は立ち上がると、開け放たれた扉に向かって歩きだし、教室から渡り廊下に出た。

「あっ、今からサボりに行くけど、来る?」

襟に顔を埋め雫は言う。うんと言い、教室を駆けた。


雫にとってサボりとは、体育館の裏でたむろすることだ。

辿り着くと、雫は徐ろに取り出したパーラメントをふかす。

雫の全てを知っていたいが、タバコをいつもどう手に入れているのかは、知りたくなかった。

タバコの匂いと煙が充満する。

僕は吸えるだけそれを吸い込み、むせた。

受動喫煙なんてお構いなしかよと雫は笑うが、その目はあの日と同じ物だ。

しばらく無言が続く。雫は思い出したように、腕を捲った。

その後、世に言うヤンキー座りを披露したので、僕もそれに続く。

僕は雫の瞳を見ていたが、彼女は地面に這う蟻達を見つめていた。

群れから炙れた一匹の蟻が、そこかしこを這い回っている。

「それ、面白い?」

「別に、面白くはない。」

「僕はちょっと可愛いなって思う。」

「どこが。」

こちらをみて、睨みつける。レッサーパンダの威嚇を連想した。

「君に、似ている。」

雫を指刺しながらそう言うと、文字通り目を丸くした。

そして、とてんとひっくり返ると、わざとらしくケラケラと笑う。

左右のローファーが上下に動くたび、砂が舞い、僕にもかかる。


ひとしきり笑うと、雫は立ち上がった。

「あーあ、しょうもない。保健室行こー。」

雫に続いて立ち上がると、彼女は僕に近づき、僕のジャージについていた砂を払った。


体育館と西棟をつなぐ廊下を歩き、右手側の奥にある保健室へ向かう。

縦列で僕が後ろ、雫が前。僕は雫の二歩後ろを歩く。連れ立って歩くときは、この形を崩さない。

保健室に着くと、雫は乱暴にスライドドアを開ける。

「たのもー!!」

威勢のいい声に、足を膝の上に乗せて作業をしていた養護教諭が反応し、ゆっくりと笑みをこちらに向けた。

「雫じゃないか。サボりに来たの?」

養護教諭は落ち着いた声でそう言った。

薄いカッターシャツを着ており、捲った腕からは細い腕が露出している。

養護教諭らしからぬ青のジーンズは、膝の辺りにダメージが入っていた。

長い髪を結んだポニーテールも相まって、先生と言うより、キリッとしたサラリーマンを思わせる。いや、サラリーマンはダメージジーンズなんて履かないだろうが。

「そんなとこー。上手くやっといてくれる。」

「はいはい。でも、今日はもうサボるなよ。サボりは1日1限まで、忘れてないよな?」

わかってますよーだ、そう言い雫は近くにあったベッドに倒れ伏した。

養護教諭はそんな雫を困ったように見て、彼女のジャージを脱がせ、布団をかけた。


「今日はケンジも一緒かい?」

彼女のジャージを畳みながら、僕にそう尋ねる。

こくりと頷く。畳み終わったジャージを机に置き、養護教諭は僕を見た。

「大丈夫かい?」

また、頷く。

この養護教諭は、雫を理解するに至らなくても、尊重はしている。

そうか、と養護教諭は水筒のお茶を紙コップに注いだ。

「気にしないでくれ。私は、別にお前らを否定したい訳ではない。ただ、その終着点を私は知らないから、どうしても、そう、気になるんだよ。」

養護教諭は、僕に紙コップを差し出す。

「雫を、お前はどうしたいんだ?」

養護教諭はそう僕に尋ねた。優しく柔らかな声には、その問いかけは似合わなかった。

雫はまだ起きているだろう。

だが、彼女が僕を裏切ったのは、僕が意思を明確にしなかったからだ。

養護教諭は、試しているのだろうか。僕が雫と共に破滅を、はたして歩めるのだろうか、と。

「僕は彼女が進む道の、二歩後ろを歩くだけです。」

静寂が流れる。ギシギシと、ベットが音を立てた。


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