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新生  作者: 髙倉 壮
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出逢い

若い人をいじめるのはよそうかな。

それじゃあ、あんたの話を聞く代わりに、わたしの話を聞いてくれるかな。

そうか、そいつは嬉しいね。

もうこんな話を聞いてくれる物好きは滅多にいやしないからな。

実はわたしは韓国籍でね。

太平洋戦争の始まる前にここで生まれたんです。日本は敗戦でボロボロになってね。

わたしの父親も兵隊に取られて戦死しました。

母は若くして一人になってわたしを育てた。

でも体が弱くてね。

わたしが成人する前に病を患って死んでしまった。

ちょうどその頃、韓国はベトナム戦争への参戦を決めた。

ベトナム戦争って知ってるかい? 

そうかい、あんたは若い人にしては知識があるね。

わたし達は朝鮮戦争で疲弊してしまった自分の国を、今度は他の国同士の戦争を利用して成り上がろうと考えたんだ。

「ベトナム行きのバスに乗り遅れるな」って言うのが当時韓国での流行り言葉になってたくらいだ。

参戦して、より大々的に兵器をアメリカに輸出できるようになった訳だから、国中が特需に沸いていたよ。

そんな中で戦後日本国籍を無くしたわたしみないな若者が韓国へ渡って、そのままベトナムへ行ったんだ。

まだ二十歳そこそこだよ。

正直なはなし、鼻息も荒かった。

韓国の運命と自分の運命を重ね合わせてね。

韓国がベトナム戦争で活躍してアメリカが勝利すれば、自分の人生もきっと上昇していくだろうって。

若いうちはみんな単純なんだ。

ベトナムって国はさ、その昔、ユーラシア大陸ほぼ全域を征服したあの恐ろしいモンゴルにも負けなかった国だ。

そして中国の侵略を何度も抗って追い返してきた国でもあるしね。

ま、アメリカもやってみるまではあの国の底力を知らず甘くみていたんだなぁ。

ベトナム戦争は、要するにゲリラ戦だった。

通常の戦争のように戦闘員と非戦闘員が区別できる状況じゃないよ。

侵攻していとも征圧したある小さな村でのことだ。

両手を挙げて投降してくる村人たちの中にゲリラが隠れていないかを調べてたとき、わたしの腰くらいの背丈の女の子が木で出来た箱を袋に入れて通り過ぎていった。

子供のすることだからわたしは気にも留めなかったがね。

数秒後に物凄い爆風が背中からわたしを吹っ飛ばした。

その子はわたしの隊の真ん中にその箱を置いた途端に爆薬が爆発したんだ。

わたしは後頭部から踵にかけて背面を全てやられてしまったよ。

そう言って男は長袖のワイシャツをまくって左手の肘に残った傷の跡を見せた。

ケロイド状になった肌に爆弾によって刻まれたと思われる太い傷跡が一本走っている。


信じられるかい? 

まだ小さな子供だよ。


白木竜男は目を見張って傷に見入る諒子を嘲るかのように、小さくにやりと笑った。


それでわたしの隊は、統制を失って山から下りてきたゲリラに襲撃を受けて、ほぼ半分を失った。

生き残った輩も気が違ってしまってね。

完全に人が変わったようになった。


それ以降、行く村々では男はもちろん老人も女も子供も乳飲み子も、片っ端から殺して、女は犯した。

韓国は日本にいろんなことをされた被害者でなくてはならないから、自分たちがした悪事についてはおくびにも出さないが、

わたしたちがベトナムでしたことは実は大虐殺として世界ではよく知られている事実なんだ。


人類の歴史ってのはね、加害者とか被害者とか、あの国が善人で、この国が悪人でなんて単純に斬れないんだよ。

それは人間の人生にも言えるのかも知れない。

わたしもひどいことをしてきたし、されてきた。


そこまで言い終えると、男はまた諒子の目を見据えて、静かに笑った。


諒子はワイシャツで隠された男の腕をもう一度見てみたい衝動に駆られた。

その腕から背中には、どんな傷が残っているのだろうか。

 さ、書けたよ。

 

 諒子が差し出された紙を見ると、いつの間にか、その会社の預金や他銀行にある融資残高や年商など詳細が記されていた。


一瞥して優良な会社だということは明らかだった。

そして、同時にこの会社に融資できるすきなどないことも分かった。


晴れていても傘を押し売りするのが銀行だが、この会社の空には雲ひとつないどころかちり一つない。

雲すらわく気配もない。


「失礼いたしました」


諒子は深く頭を下げた。


「ま、また気が向いたら来て」


 男は、白目の澄んだ目で諒子に言った。

     

              つづく


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