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新生  作者: 髙倉 壮
5/13

諒子の胸さわぎ

5


 翌週の月曜日、諒子は営業課長に呼ばれ、融資の新規開拓を勧められた。

まずは預金があるが融資を受けていない会社を廻るように指示を受けた。

近々の決算書の写しも回収できていないため業況も把握できていないどころか、まだ存続しているかも不明な会社が何社か挙げられた。

諒子と同じく四月から本店の法人営業部課長に配属された青木は融資額を伸ばすために新しい融資先の掘り起こしに躍起だ。


「そろそろ新しいところを開拓してみなさい」


桜木町の西口から徒歩二〇分かけて辿り着いたとある会社は、

そこからみなとみらい区域が広く見渡せる丘の上にあった。その二階建ての建物を後ろ側から鬱蒼とした林が包んでいる。


「失礼します。先ほどお電話した横港銀行の荒幡と申します」


 薄暗い作業場はしんとしていて、返事がなかった。

奥のほうから薄っすらと光が差す曇り硝子の部屋に人のいる気配がする。

諒子はその部屋の方へ入って行こうと足を進めたが、

カツカツと自分の靴音が大きく響くのに驚いて、忍び足になった。

そろりそろりと歩く諒子は自分の頭の上から誰かの視線を感じ咄嗟に上を見上げた。


「きゃ」


と諒子は普段決して出さないような驚きの声を漏らしてしまった。

棚の上から白蛇が諒子を見据えている。


諒子が驚きのあまり我を忘れていると、

初老と思しき男がガラガラと音を立てて奥の部屋の引き戸を開けた。

背丈が大きく、真っ直ぐに伸びた立ち姿勢がそれだけで只ならぬ力を諒子に放っている。


「へびが・・・・・」


そう言って諒子が目で男に知らせると、

男はそれは置物だと言った。

驚き怯えていた諒子を思いやる素振りも見せずに、

彼は部屋へ諒子を通した。


諒子は妙なところに妙な置物を置いておいて、

自分に恐怖を与えながらも、

気遣い一つ見せない男にえもいわれぬ憎らしさを覚えたが、

引き返す理由にもならず極力表情はそのままに、これも仕事と自分に言い聞かせた。


男は表情は硬いが、

少し弛んだ瞼はたゆらかに目を包んでいる。

肌は白く、白い髪は後ろに撫で付けられている。あまり感情を表には出さないタイプの男に見えた。

部屋に通されて諒子は改めて挨拶をした。 


「大変申し訳ないんですが、うちにあります御社の資料が古くなってしまったので、書き直して頂いてもよろしいでしょうか」


「『して頂いてもよろしいでしょうか』か。最近の若い人は面白い日本語を使うね。いいですよ、電話で話した通り、今は特に借り入れを起こすつもりはないんだけどね。でも銀行に足を向けて寝られないということくらいは、わたしは知っている。あんたら銀行と上手く付き合うことが仕事を上手くやるためには必要だ」


その男は、予想に反して男は諒子の依頼を快諾し、白い紙にすらすらとペンを走らせ始めた。


いまだに若い頃の屈強さをワイシャツの上からも漂わせている姿に、

自分を寄せ付けないような、

いや自分が近寄ってはいけないような何かを感じながら、

諒子は紙を文字が埋めていくのを見ていた。


白木竜男。

一九四四年生まれ。

板金業。

資本金3千万。

会社設立昭和五〇年月一〇月。


会社概要にボールペンで書き入れながら、男は唐突に話し始めた。


どうして急にうちに営業なんかに来たんだい? 


え? 


もううちへはおたくの銀行の営業は十年以上も来ていないよ。


いつもならとっさに出てくるはずのうまい言葉が、何故かその時諒子には見つからなかった。


 沈黙が一瞬のうちに小さな部屋に満ちた。


                 つづく


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